Kitchen Science's Memorandum

YouTubeチャンネル”Kitchen Science”の動画で伝えきれなかったことをつらつらと書いてまいります。

自作ねるねるねるねの補足その1 ~料理における有効数字~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は、ねるねるねるねを自作する」の動画の内容を補足するものとなっています。
未視聴の方は先にこちらをご覧ください。


【再現レシピ】「ねるねるねるね」を粉から自作する!~酸・塩基の反応とアントシアニンの色の変化~

動画と同じく、かなり久しぶりのブログ更新となってしまいました…

さて、自作ねるねるねるね、いかがだったでしょうか。
乾燥卵白やシュガーペーストなど、馴染みのない材料が多く登場しましたね。
今回の記事はそれらの材料やねるねるねるね、あるいは動画でお話しした化学反応についてではなく、「有効数字」についてです。
有効数字がねるねるねるねの動画と何の関係があるんだよと思われるかもしれませんが、順に説明してまいります。
それでは本編です。

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 ”1g”は何gか?

この写真をご覧ください。塩を1g量りとったものです。
突然ですが問題です。この塩の重さは何gあるでしょう?

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それは1gだろう、と思われるかと思います。それは間違いではないですが、あまり正確な答えでもありません。
秤の表示は小数点以下の端数を丸めているため、より厳密に言えば、この塩は0.5g〜1.4gの間の重さ、となります。(注1)
動画内でも、スプーンの重さを例にお話ししていましたね。
ねるねるねるねを作る際は、重曹クエン酸を1gずつ量りとる際、それらの重さが大きく異なってしまうことのないように(それぞれ1gずつのつもりが実際は0.5gと1.4gだった、といったことのないように)気を付けて計量していました。(注2)

なんとなく、有効数字が自作ねるねるねるねだけでなく、料理全般にも関係するように思えてきたのではないでしょうか。

有効数字とは

本題に入る前に、ここまで説明を避けてきた有効数字という概念について、簡単に説明します。
有効数字とはその名の通り、測定や計算の結果の値について、意味を持つ”有効な”数字のことです。
計算例を挙げながら説明しましょう。

ここに塩があるとします。0.1g刻みで表示されるデジタル秤で重さを量ったところ、8.1gと表示されました。先ほどと同じく、実際には8.05gかもしれませんし、8.14gあるかもしれません。このような誤差を含みながらも、小数点以下第一位の"1"は、確かな意味を持つ"有効な"数字と言えます。当然一の位の”8”も有効な数字ですので、秤に表示された8.1gは有効数字二桁である、のように言います。

有効な数字、と言われてもピンとこないかもしれませんので、以下の例を基に考えてみましょう。
この8.1gの砂糖を、厳密に7等分したとします。あまり現実的な仮定ではありませんが、説明のためということでご了承ください。
このとき、一つあたりの重さを計算すると、

8.1÷7=1.15714…(g)・・・(A)

となりますね。
この割り算の答えは延々と続く無限小数ですが、果たしてこの小数点以下は"有効"な数字でしょうか?
もし実際には最初の砂糖が8.05gしかなかった場合、7等分した一つあたりは

8.05÷7=1.15(g)
となります。
逆に8.14gの砂糖を7等分すると、一つあたりの重さは

8.14÷7=1.162857…(g)

ですね。

すなわち、七等分した塊一つの重さは、1.15gから1.162857...gの間の範囲である、ということです。
ともすれば、8.1gの砂糖を七等分したうちの一つの重さは、1.2gと表すのが最も正確ですね。(A)式の答えの小数点第二位以下は"有効"ではなく、延々と計算する意味もないのです。

非現実的な具体例だけでなんだか煙に巻かれた気がするかもしれません。
有効数字を用いた計算の理論を詳しく語ると今回の記事の本筋から離れますので、詳しく知りたい方は高校化学の教科書などを読み返してみてください。

料理のレシピにおける有効数字

ようやく本題に入ります。ここまで話してきた内容が、料理とどういった関係があるかです。

あるレシピに従ってクッキーを作る場面を想像してください。
レシピに「ベーキングパウダー5gを加える」とあったので、あなたは秤でベーキングパウダーを5g量り、生地に混ぜました。
できあがった生地を焼いたところ、レシピに載っていた写真よりも大きく膨らんで、不格好なクッキーになってしまった…

お菓子作りに限らず、レシピ通りに作ったはずなのにうまくいかなかった、ということは、誰しもが経験があると思います。
クッキーは混ぜて焼くだけの簡単なお菓子の定番ですが、それでもレシピ通り作っているのに何か違う、その原因はどこにあるのでしょうか。
様々な要因がありえますが、折角ここまで長々とお話ししてきたので、ここでは有効数字という観点から考えてみましょう。

この例における「ベーキングパウダー5g」が最も美味しくなる量だとして(あくまでそのようなものがあると仮定して、ですが)、秤で量った5gがそれと同じ値になるとは限りません。(注3)
秤に表示された5gは有効数字一桁で、実際には4.5g~5.4gの間の量だと考えられます。
この場合の誤差は最大で約0.5gです。
たった0.5gじゃないか、と思われるかもしれませんが、5gという測定値と比較した誤差の大きさ(相対誤差)を考えると10%もあります。
あくまでこれはかなりざっくりとした計算で、本来なら厳密にこの誤差の大きさを評価するべきではありますが、直感的には無視できない大きさなのではないかと思います。

まとめ

実際には、使う材料や器具の質の差などの他の要因のほうが、出来栄えに与える影響は大きいでしょう。
ただ普段料理をしない人がレシピを再現しようとするよりも、料理慣れしている人が目分量で作ったほうがおいしくなるのは、こういったあたりも影響するのではないかな、と考えたのです。

レシピに忠実に作ろう!としても、測定値にはどうしても誤差が生じ、それによって出来上がりにも差が生まれてしまいます。
対して、料理をする人の目分量というものは、ある程度感覚的・経験的な根拠に基づいたものだといえます。
例えば、「このベーキングパウダーは古いから膨らませる力が弱まっているだろう。いつもより気持ち多めに入れてみよう」といった具合です。
こういったコツを掴めるように、感覚を研ぎ澄ませている人が、料理上手と呼ばれるのかもしれませんね。

注1

ここでの記述は、秤の端数処理が四捨五入によると仮定したものです。端数切り捨て処理の場合もあるかもしれませんが、その場合も以下の計算結果に大きな違いはありません。

注2

クエン酸と炭酸水素ナトリウムはどちらも弱酸・弱塩基であるため、実際には動画内で解説・計算したように重量比1:1で反応することはまずありません。不正確な説明で申し訳ございませんでした。
弱酸・弱塩基の反応について、次回の記事で詳しく訂正・解説をする予定です。

注3

もっと言えば、最も美味しくなる量とレシピに記載のある量の間に誤差があることも考えられます。その場合、
最も美味しくなる量:4.6g、レシピに記載された量:5g、実際に入れた量:5.4g
と、最も美味しくなる量と実際に入れた量の誤差がさらに大きくなる可能性があります。