Kitchen Science's Memorandum

YouTubeチャンネル”Kitchen Science”の動画で伝えきれなかったことをつらつらと書いてまいります。

「調理師 資格ガイド」を勝手に補足その1 ~水の硬度~

こんにちは。ほりけんです。
先日本屋をうろうろしていたところ、たまたま目に入り衝動買いしてしまった一冊がこちら。

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伊藤秀子・星屋英治著(2020)資格ガイド 調理師’20年版 成美堂出版

です。

といっても、僕に調理師免許を取得する予定はありません。
そもそも調理師免許は実務に2年以上従事しないと受験資格が得られませんので。
それなのになぜ買ったのかと言えば、食に関する知識を体系的に学ぶのにちょうど良さそうだったのと、パラパラめくってみたところ読み物としても面白そうだったためです。

ただしこういったテキストの宿命として、事実が淡々と記されている形式なので、なぜそうなるのか、という説明が足りないな…と感じる部分もありました。
そこでこのブログで、調理師資格ガイドの内容を(勝手に)補足していこうかなと思います。
調理師を目指す方の一助となればいいな、というよりは、自分の学びを補強する狙いのほうが強いです。
その分このテキストを持っていない、調理師を目指していない方にも読みやすいようにすることを心がけていきたいと思います。
(もっと正直に言えば、しばらくの間僕たちの本業が忙しく、動画の撮影・編集が難しいため、間を繋ぐコンテンツが欲しいというのもあります。)

一つの記事につき一つ、テキストの中から気になったトピックを選び、それぞれ詳しく解説していきたいと思います。

初回なので前置きが長くなってしまいました。
それでは本編です。

水(PART1 公衆衛生学 Section3「環境と健康」より)

第一回は料理に欠かせず、人間の生活環境の要素としても非常に重要な水についてです。
テキストでは「水の硬度と種類」というトピックで、以下のような内容が記されています。

「水中に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量により、水の硬度を判定。硬水、中硬水、軟水に分類される。
1L当たりの含有量 300mg以上 → 硬水(石けんが泡立ちにくい)
           100~299mg → 中硬水(洋風煮込みに適する)
           100mg未満 → 軟水(だし、茶、コーヒーに適する)」
(前掲書 p.19)

水の硬度によって用途に向き不向きがあるという話は聞いたことがある方も多いでしょう。
テキストにはこのような分類しか書かれていませんので、今回は水の硬度についてより詳しく解説していこうと思います。

硬度とは

そもそも硬度とは何か。
テキストには「水中に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量」とありますが、この書き方はあまり正確でないと言わざるをえません。
正確に言えば、「カルシウム及びマグネシウム含有量を炭酸カルシウムに換算したもの」となります。
より具体的に言えば、水中に含まれるカルシウム及びマグネシウムの総量と同じ物質量の炭酸カルシウムの濃度、となります。
意外とめんどくさい概念なんですね。
ちなみに硬度の計算法にはいくつか種類があり、日本で採択されているこの方式はアメリカ硬度と言います。

硬度による水の分類

硬度による水の分類にはいくつか種類があり、前掲したものは日本において一般的とされる方式のようです。
長いので以降は便宜上「日本式」と呼びます。
日本式は法令などで明文化されているものではなく、出典もよくわかっていません。

一方WHO(世界保健機関)が定める分類はこれとは異なり、60mg/L未満を軟水、60~120mg/Lを中硬水、120~180mg/Lを硬水、180mg/L超を超硬水(Very hard)としています。
日本式とはかなり違いますね。

いくつかの資料を調べるなかで、日本式は水道基準と深く関連があるようだということがわかってきました。
これについては次の節で詳しく述べます。

水道水の硬度

日本における水道(上水道)の水質は、色や臭いだけでなく、生息する細菌の数や有害物質の濃度など、水道法により細かく定められています。
その中に硬度の基準もあり、アメリカ硬度で300mg/L以下でなければならないとされています。
また、この必ず満たさなければならない項目とは別に、水質の目標値が設定されているものもあり、硬度は10~100mg/Lであることが望ましいとされています。
これらの基準の根拠として、300mg/L以上の硬度では石鹸の泡立ちが悪くなること、10~100mg/Lの水が美味しいとされることが挙げられています。
このことから、日本式は水道の水質基準を基に、基準値以上の硬度の水を硬水、推奨される硬度のものを軟水と呼ぶようにしたのではないかと推測されます。

以降のこの記事で単に「硬水」「軟水」と記述されている場合は、単に相対的に硬度が高い/低いという意味であり、特定の基準以上/以下であるということを意味しません。

なお水道水の硬度はその土地の地質などに影響されるため、地域によっては大きく異なることがあります。
日本水道協会が公表している水道水質データベースをみると、日本各地の水道水の硬度にはかなり大きなばらつきがあることがわかります。
日本と海外を比べると、日常的に用いられる水の硬度はさらに大きく異なります。

日本では出汁文化が発達した一方、欧米では肉料理が広く食べられるようになったのは、地質的な水の硬度が影響しているのかもしれません。

硬水で石鹸が泡立ちにくくなる理由

ようやくKitchen Scienceらしい話になります。

前述の通り、水の硬度が300mg/Lを超えると石鹸の泡立ちが悪くなります。
この理由を考える前に、そもそも石鹸とは何かの説明が必要になります。

石鹸とは、広く言えば高級脂肪酸(炭素の数が多い脂肪酸)とアルカリが中和してできた塩のことです。

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石鹸の構造式の一例。ジグザグしているのが脂肪酸由来の部分で炭素がたくさんある。

石鹸には脂肪酸の種類によって水に溶けやすいものと溶けにくいものがあり、これらがバランスよく水と混ざることであの泡立ちが生まれます。
ところが、水に多量のカルシウムイオンが含まれていると、石鹸と反応して水に溶けない塩が多く生成されてしまいます。
この不溶性の塩が、硬水によって泡立ちが悪くなる原因だと考えられます。

硬水を使うべき料理・軟水を使うべき料理

テキストにも記載があった通り、軟水は出汁やお茶に、硬水は洋風の煮込み料理に適しているとされています。
ではそれはなぜなのか、ということについて、色々と調べてみましたが、明確な理由は見つけられませんでした。

調理科学の研究は官能評価(人間の味覚を元とした評価)が多く、また成分分析が可能であったとしても、なぜその変化が起きるのかを突き詰めるのは大抵の場合非常に困難です。
テキストにあっさりとした事実のみ書かれているのも仕方のないことなのでしょう。

水の硬度と料理の関係について、様々な研究が行われてはいるので、それらの結果から考えられることをご紹介いたします。
今回取り上げるのは 鈴木・豊田・石井(2007)「ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響」 日本食生活学会誌 18(4) 376-381 です。
これによると、昆布から出汁を取る際に用いる水の硬度によって、抽出されるアミノ酸グルタミン酸ナトリウム)の量に有意な差はなかったとしています。
それでは硬水で昆布出汁を取るときに何が生じたかといえば、硬水に含まれるカルシウムが減少していたことが明らかになっています。
減少した分のカルシウムは、昆布に吸着されたと考えられます。
これにより昆布に含まれるアルギン酸にカルシウムが結合し、不溶性の塩が析出するため、口当たりが悪くなるといった影響が生じたのでしょう。

最後に

 肝心の「なぜ」とした部分がふわっとした説明になってしまったことについては申し訳ありません。
調理科学において「なぜ」という理論を考えることの難しさが伝わったかと思います。

とはいえ以前にもお話した通り、なぜそれが起きるのかということが分からなければその現象を他のものに応用することもできないでしょう。
今後もわかる範囲で、かつできうる限り正確に「なぜ」を突き詰めていきたいと思います。

 

 

参考文献

WHO”Hardness in Drinking-water ”
https://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/chemicals/hardness.pdf

花王 関連カテゴリーのQ&Aボディケア製品 「Q、温泉などで石けんの泡立ちが悪くなるのはなぜ?」
 https://www.kao.com/jp/qa_cate/soap_04_01.html

厚生労働省 「水道水質基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/kijunchi.html

千葉県栄水道 おいしい水づくり計画オフィシャルサイト「その14水の硬度ってなぁに?」
http://www.pref.chiba.lg.jp/suidou/keikaku/oishii2/mame/mame14.html

鈴木・豊田・石井(2007)「ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響」 日本食生活学会誌 18(4) 376-381