Kitchen Science's Memorandum

YouTubeチャンネル”Kitchen Science”の動画で伝えきれなかったことをつらつらと書いてまいります。

「魚の塩焼を砂糖で作ると美味しい」は本当か?

こんにちは。ほりけんです。

以前Twitterで、「魚の塩焼を砂糖で作ると美味しい」とういう呟きが話題になっていました。

これは面白い!と思い、スーパーで鰤の切り身を買い、砂糖を使った塩焼きを実際に作ってみました。
いつもより臭みが抜けており、ぎゅっと身が締まっている…ような気がしました。
折角なので便乗ツイートをしようと、スマホを手にしたところでふと思いました。

「砂糖の方が浸透圧が強力に働く。」これ、本当か?

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付け合わせはエリンギです。

論点の整理

というわけで、今回の記事では「砂糖を使って塩焼きを作ると何が変わるのか」を検証していきます。

まずは元ツイートで述べられている内容を整理しましょう。

1.砂糖(グラニュー糖)は塩より分子量が大きい
2.分子量が大きいため砂糖は身に浸透しない
3.味を気にしないでたっぷり振れる
4.浸透圧差により魚の水分を強力に抜くことができる

ツイートの要点はこの4つに整理できます。この中で僕が違和感を覚えたのは4に対してです。

浸透圧の大きさ

浸透圧の大きさπは、希薄溶液では溶質の種類を問わず以下の式で表されることが知られています。(ファントホッフの式)

π=CRT

ここでCは溶質のモル濃度、Rは気体定数、Tは絶対温度です。
このことから、浸透圧の大きさを比較するならばモル濃度を比べれば良い、ということがわかります。

では、同じ質量濃度の食塩水と砂糖水では、どちらのほうがモル濃度が高くなるでしょうか。

1Lの水に1gの食塩(塩化ナトリウム:NaCl、式量58.5)と砂糖(ショ糖:C12H22O11、分子量342)を溶かした場合のモル濃度(mol/L)を計算してみましょう。大小を比較すればよいのでアボガドロ定数はNAで表します。

食塩水:1÷58.5×NA×2≒3.4×10^-2×NA[mol/L]
砂糖水:1÷342×NA≒2.9×10^-3×NA[mol/L]
※塩化ナトリウムは水中で電離するので計算式の中で2をかけています。

この計算結果から、同じ質量濃度での溶液のモル濃度は、食塩水のほうが砂糖水より10倍ほど高いことがわかります。
よってファントホッフの式から、ある濃度の食塩水と同じ大きさの浸透圧を生じさせるためには、その約10倍の質量濃度の砂糖水を用意する必要があることがわかります。
塩以上に浸透圧を働かせるならばそれくらいの砂糖が必要というわけです。

そもそも同じ質量濃度であれば砂糖水よりも食塩水のほうが浸透圧が大きくなるのは、分子量(式量)の違いから直感的に分かります。
便乗ツイートをしようとした手が止まったのもこのためです。

しかしながら、元ツイートのリプライ欄などを見てみると、どうやら青魚などの食材から水を出すのに砂糖を使うのは広く使われる技法の様子。
ということは、砂糖を使う化学的なメリットはやはりあるのでしょうか。

もう少し考えてみましょう。

少し細かい話

ここまで読んで、今回の議論の対象である事象はファントホッフの式が成り立つ希薄溶液ではないのでは?と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。おっしゃる通りです。
ただ、ファントホッフの式は単に線形に比例するというだけの話で、原則浸透圧はモル濃度が高ければ高いほど大きくなると考えてよいでしょう。
濃度が高くなると浸透圧の上昇幅が逓減する可能性はありますが、同じ濃度の食塩水と砂糖水で逆転するということは、ちょっと考えにくいです。

また、砂糖のほうが塩よりも水に対する溶解度が高いから、実際には砂糖水のほうが質量モル濃度が高くなるのでは?という声も聞こえてきそうです。
詳しい計算は省略しますが、20℃での飽和水溶液のモル濃度を比較すると、砂糖水が約5.8mol/kgであるのに対し、食塩水は約6.1mol/kgと、やはり食塩水のほうが大きいことが分かります。

先ほどの計算結果と比べると、かなり差は小さくなりました。
しかしながらこれは、どれだけ濃い砂糖水でも、飽和食塩水の浸透圧を超えることはできない、ということでもあります。

こうなると、砂糖が塩焼きを美味しくする効果を浸透圧以外で探る必要があるのでは?となります。

ブライン液に学ぶ

皆さんはブライン液というものをご存知でしょうか。

もともとは食塩を溶かした水のことで、調理前に肉や魚を漬けておくことで、身を柔らかくする効果が得られるものです。
現在では、ブライン液には塩だけでなく砂糖も入れたものの方が主流のようです。「塩焼きに砂糖」という組み合わせは、ブライン液に通ずるものがあるように思います。ブライン液が肉や魚にどういう効果を与えるか、見ていくこととしましょう。

肉や魚は加熱するとどうしても水分が失われ、ともすればパサパサとした食感になってしまいます。
ブライン液に漬け込んでおくことで、水分を予め身に含ませ、しっとりとした食感を保つことができるのです。

また塩は一部のタンパク質(塩溶性タンパク質)の構造を変化させ、組織をほぐされたような状態にします。漬け込む液に塩を加えることで、身を柔らかくさせる効果が見込めるのです。

では砂糖は何をするかといえば、保湿効果が主な役割であると考えられます。
せっかく漬け込んで身に取り入れた水分も、加熱されるとやはり外に出てしまいます。
身により水分を保つためにどうするか。
こちらの記事でお話しした自由水・結合水の観点からみると、結合水は運動しにくいので、身に留まりやすいと考えられます。単に水分を含ませるだけでなく、その中の結合水の量を増やせば、より効果が得られそうです。
もちろん塩(塩化物イオン・ナトリウムイオン)とも結合水になりますが、砂糖(ショ糖)は一分子内に親水性のヒドロキシ基を8つも持つので、より多くの結合水を得られると考えられます。ブライン液に砂糖を加える理由は主にここにあるようです。
(上述の記事でも書いた通り自由水・結合水というのは二元論で区別できるものではなく、程度の問題がある概念です。)

と、ここまで書いて思いましたが、今回の元のツイートのツリーを見ると、砂糖の方が魚の身からたっぷり水分を抜いているようです。となると、砂糖の保水性により美味しく感じるというのは考えにくですね…

結局

遠回りしましたが、結論としては「味に影響しない範囲では塩よりも砂糖のほうが浸透圧が強い」ということなのでしょう。

粒子の大きさの差による浸透の早さも影響を与えますが、それ以上に塩はとてもしょっぱいのです。
このブログでは何度か書いていますが、塩水は低い濃度のものでもほんとにしょっぱい。あの海水で約3%ほどです。一方で、例えば果物で糖度20度が謳われるように、砂糖はある程度の濃度でも美味しく食べられます。
青魚に砂糖という一見相性の悪そうな組み合わせが実は美味しいというのも、砂糖が味に与える影響が小さい故と言えるでしょう。

というわけで

長々と語った挙句元のツイートの論旨が正しいという結論になりました。尤もその過程で学べたことも多かったので、全く無価値な議論というわけでもないと思うことにします。

またこの結論を他の料理に応用することも大切な学びですね。塩は少量でも味への影響が大きいということなので、味を整えるときは少しずつ加えるようにしたほうが良い、と考えられます。

普段の料理でなんとなくしていることも改めて考えてみると、新たな知見に出会い、次の料理の美味しさに繋がることもあるのだな、と思っていただければ幸いです。

 

「ぎりチョコレート」の補足 ~より正確な『チョコレート』の定義~

こんにちは、ほりけんです。
バレンタイン前に、ぎりぎり「チョコレート」の定義にあてはまるものを「ぎりチョコ」と言い張る動画を投稿しました。
こちらです。


【バレンタイン】ぎりチョコレートを作る。【アーモンドガナッシュ】

この動画で伝えたかったことは、「何かを議論するためにはまず土台となる定義付けが重要である」ということでした。
なぜこれが大事なのかと言えば、そもそもの定義付けの段階で認識に違いがあると、議論もままならくなるからです。
チョコレートというなじみの深いものでも、その定義となると意識しないことがほとんどかと思います。
チョコレートの定義の齟齬で問題が発生することはまあないでしょうが、あくまで例えばの話です。

さて、動画内の解説で、「詳しくは概要欄のブログで解説します。」と書いておきながら、長らく放置しておりました。
申し訳ございません。
バレンタインどころかもうすぐホワイトデーになってしまいますので、急いで補足説明をしていこうと思います。

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「『チョコレート』の定義」とは

動画内で「『チョコレート』の定義」として取り上げた「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」とはこちらのものです。

https://www.jfftc.org/rule_kiyaku/pdf_kiyaku_hyouji/chocolate.pdf

これは景品表示法に基づき、消費者庁が定める団体が制定する「公正競争規約」のうちの一つです。
単にチョコレートとは何か、というだけの内容ですが、23ページにも渡る長大な内容になっています。
同じような語句が繰り返され、なかなか理解に時間のかかるものになっています。
じっくり腰を据えて見ていくこととしましょう。

「チョコレート類」とは

第二条(定義)の第一項にて、「チョコレート類」の定義が定められており、「チョコレート」などの8つの要素からなることがわかります。
(余談ですが、法律などの条文はくくりの大きい順に条>項>号といいます。またそれぞれの文には普通頭に数字が振られますが、第一項の"1"は省略するのが通例です。)
動画における「チョコレート」とは、具体的にはここで述べられるチョコレート類のうちの一つである、この「チョコレート」のことです。
次の項にて、「『チョコレート』とは、チョコレート生地のみのもの及びチョコレート生地が全重量の60パーセント以上のチョコレート加工品をいう」と定められています。また見覚えのない単語が出てきましたね。

「チョコレート生地」は以下の要素を満たすものと定義されます。すなわち、
・カカオ分が全重量の35パーセント以上
ココアバターが全重量の18パーセント以上
・水分が全重量の3パーセント以下
・カカオ分が全重量の21パーセントを下らない
ココアバターが全重量の18パーセント以上
・カカオ分と乳固形分の合計が全重量の35パーセントを下らない
・乳脂肪が全重量の3パーセント以上
・カカオ分の代わりに、乳固形分を使用することができる

このうち一番目のカカオ分の比率に関する基準が動画で取り上げたものです。
実際にはこのように他にも条件があるのですが、動画では割愛しました。あくまでジョーク動画なのでご容赦を。
これらの条件を満たした「チョコレート生地」を規定の通り使用(ナッツを練りこんだり包んだり)したものが「チョコレート加工品」となります。

繰り返しになりますが、「チョコレート」とは、カカオ分の割合などの基準を満たした「チョコレート生地」だけでできたものか、「チョコレート生地」を一部使用した加工品のこと、となります。
より厳密にいえば、チョコレート生地より純度の低い「準チョコレート生地」に言及したり、ココアバターやカカオ分など各項目の中身について詳しく見る必要がありますが、あまりに冗長になりますしこの記事の本筋からは離れるので割愛します。

チョコレートっぽいけど「チョコレート」ではないもの

さて、ここからがこの記事でお伝えしたいことです。
例えばこちらの商品を見てみましょう。 

いわゆるトリュフチョコレートですが、裏面のラベル画像を見てみると、名称の欄は単に「菓子」になっています。
「チョコレート」ではないのは、この製品が規格に満たないからです。
原材料を詳しく見ると、最も多いものが植物油、次いで砂糖となっています。
一方チョコレートに必須のカカオ分はといえば、低脂肪ココアパウダーが3番目に位置しています。
原材料名は含まれる分量が多い順に記載されていることを考えると、これが「チョコレート」の規格に満たないことがわかります。

ちなみに、規定の基準を満たすものは名称に「チョコレート」とあります。為念。 

明治 ミルクチョコレートBOX 120g×6個
 

 これらのチョコレートっぽいけど「チョコレート」ではないものも、ぱっと見ではチョコレートと見分けがつかないですよね。Amazonの商品区分もチョコレートですし、スーパーでもチョコレートと書かれた売り場に置いてあることでしょう。

公正競争規約に反して実際よりも良いものに見せかけることを「優良誤認表示」と言います。このチョコレートっぽいけど「チョコレート」ではないものをチョコレートといって売ることは、優良誤認に当たるのではないでしょうか。

消費者庁ガイドライン「事例でわかる景品表示法」を参考に見てみましょう。引用します。
景品表示法では、商品やサービスの品質、規格などの内容について、実際のものや事実に相違して競争事業者のものより著しく優良であると一般消費者に誤認される表示を優良誤認表示として」いますが、この「著しく」とはどの程度のものを指すのでしょうか。引用を続けます。
「この場合の『著しく』とは、誇張・誇大の程度が社会一般に許容されている程度を超えていることを指します。そして、誇張・誇大が社会一般に許容される程度を超えるものであるか否かは、当該表示を誤認して顧客が誘引されるか否かで判断され」るとしています。
トリュフチョコの例でいえば、規格が定めるチョコレートの基準を満たさない商品に「チョコレート」と表示されており、消費者がそれを判断基準として選択しうるものであれば、「著しく」優良であると誤認させるとは言えないのではないかと思います。
買い物の際に表示を見て「チョコレート」であることを必ず確認する人がいないとは思いませんが、どちらかと言えば少数派なのではないでしょうか。
もっとも、法律によって定められている「社会一般」がどの程度の割合を指すかも明確ではないですが…

ただし、第5条(不当表示の禁止)にて、「チョコレート菓子、準チョコレート又は準チョコレート菓子に商品名としてチョコレートを意味する文言を表示する場合(中略)又はテレビ、ラジオ若しくはネオン・サインにより商品名としてチョコレートを意味する文言を表示する場合を除」き、規格と異なるものと誤認されうる表示はしてはならないと定められています。
ただの「菓子」の商品名に「チョコレート」と含めるのは流石にいただけないようです。
関係ないですが、テレビと一緒にラジオやネオン・サインが並んでいるあたり法律ができた時代を感じます。

終わりに

「定義付けは重要」というテーマの動画のはずが、なんだか曖昧な話ばかりになってしまいました。
景品表示法における優位性の判断主体が一般消費者というふわっとしたものである以上、「時と場合による」としか言えない状況がどうしても発生してしまうのです。
とはいえ、明確な定義付けをしないと話がややこしくなる、ということは身をもって示せたのではないかと思います。

調理師ガイドを勝手に補足その2 ~水分活性と自由水・結合水~

こんにちは、ほりけんです。

 

先日、YouTuberのはるあんさんが行っていた「はるあん秋のハムレシピコンテスト」に参加しました。(現在は応募終了)
応募に用いた投稿がこちら。

 
 
 
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【2種類のハムの旨味!たっぷりきのこリゾット】 はるあんさん( @haru_fuumi )のレシピコンテストに応募します! #はるあん秋のハムレシピ 刻んだハムと、これでもか!というくらいのたっぷりのきのこをお米と一緒に炊き上げることで、一粒一粒に旨味がしみこみます。 さらに仕上げに生ハムを添えることで、柔らかい口当たりをプラス。 秋だからこそ美味しい贅沢なリゾット、是非お試しあれ。 ●材料(2人前) お米  3/4カップ ハム  1パック(4枚) 生ハム  1パック(4枚) きのこ  お好みのものを好きなだけ 粉チーズ 大さじ1 白ワイン 大さじ1 お湯  300ml 塩・胡椒 適量 ※今回はきのこをエリンギ1本とマッシュルーム1パックを使いました。 出汁を取るためにも、入れすぎかな?と思うくらいに入れるのがコツです。 ●作り方 ①ハムときのこはみじん切りにする。お米は洗わずに使う。 ②フライパンにオリーブオイル(分量外)をひき、中火でハムを炒める。しんなりしてきたら、お米を加え、さらに炒める。 ③お米が透き通ってきたら、きのこを加えて炒める。 ④きのこに火が入ったら白ワインを加え、アルコールを飛ばす。 ⑤アルコールの香りがしなくなったら、浸るくらいまでお湯を注ぎ、ひと混ぜする。煮詰まったらお湯を加えてひと混ぜする。これをお米が柔らかくなるまで繰り返す。 ⑥やや芯が残っている程度の固さになったら粉チーズを加え、塩・胡椒で味を調える。 ⑦お皿に盛り付け、ちぎった生ハムをあしらえば完成! …ところで、生ハムはなぜ生のまま食べられるのでしょうか? 食品中の水は「結合水」と「自由水」の二つに分けられます。このうち食べ物を腐らせる微生物が生きるために利用できるのは自由水のみです。 生ハムは製造工程で塩漬けや乾燥を行うことで、結合水を増やして微生物が生息しづらい環境にしているのです。 生ハムの秘密と結合水・自由水についてホワイトボードにまとめましたので、そちらも是非ご覧ください! #料理 と#科学 #リゾット #ハム #きのこ #保存食 #化学 #水素結合 #結合水 #自由水

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このレシピにも使われている生ハム。なぜ豚肉なのに生で食べられるのでしょうか?
投稿でも少し触れていますが、これには「水分活性」という概念が関係しています。

この水分活性について、前回から内容の補足を勝手にしているこちらの調理師資格ガイド(伊藤秀子・星屋英治著(2020)調理師’20年版 成美堂出版)にも記載がありましたので、合わせて解説していこうと思います。
それでは本編です。

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食品中の水分(PART2 食品学 Section2 「食品の成分と特徴」より)

 今回のテーマは「食品中の水分」です。
第一回も水についてでしたが、前回は「もの」としての水を扱っていたのに対し、今回の記事は「物質」としての水に焦点を当てるため、より化学的でミクロな話になります。

自由水と結合水

食品中の水分は大きく「自由水」と「結合水」の2つに分けられます。
これらの性質について、テキストから引用します。

「自由水・・・容易に凍結、蒸発する水。微生物が生育に利用。
 結合水・・・0℃で凍結しない、100℃でも蒸発しない水。微生物の生育に利用されない。」

(前掲書 p.50)

この記述からは、微生物の生育に関係していて、つまり食品が腐りやすいかに関係していそうだということが推測できますが、定義としてはいまいち曖昧に感じられます。
これら二つは明確に区別できるようなものではないという考えもありますので、定義ではなく微生物による利用と状態変化という二つの性質から検討を進めてみましょう。

まずは微生物による利用について。
そもそも食品が腐るのは、微生物の活動によって食品の成分が変性させられるからです。
彼らが食べ物を腐らせるのは決して私たち人間を困らせたり害を与えようとしたりするためではありません。
微生物が生きるために必要な活動の結果に過ぎないのです。
とはいえ、好き放題に食べ物を腐らせると私たちが生きていけませんので、人間は食べ物を腐らせないようにする様々な方法を模索してきました。

ところで、結合水の「結合」とは、水の分子と水に溶けている物質(溶質)とで結ばれる水素結合のことを指しています。
水に塩(塩化ナトリウム)や砂糖(スクロース)、あるいはタンパク質が溶けると、溶媒である水分子と水素結合を形成します。
これにより水分子の運動が阻害され、微生物が利用しにくくなるのです。

水素結合などの詳しいメカニズムが解明されたのは近代に入ってからではありますが、とにかく水っぽさを減らすと食品が腐りにくくなると気付いた人間は、乾燥や塩漬けなどの手法によって保存食を生み出してきました。

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水分活性

次に状態変化に関する話をしましょう。

0℃で凍結しない水、100℃で沸騰しない水と言えば、食塩水や砂糖水がすぐに思い浮かぶかと思います。
食塩水が0℃で凍結しない理由については、アイスクリームの動画で紹介しましたね。



【料理 × 科学】アイスクリームと凝固点降下(かんたんアイスクリームの作り方)

動画では詳しくは説明しませんでしたが、凝固点降下には蒸気圧降下という概念が強く関係しています。
(蒸気圧降下は液体⇔気体の変化における用語ですが、液体⇔固体の変化においても同様のことが言えます。)

話は変わりますが、前述のテキストには水分活性(Aw)という項目で以下のように記されています。
「水分活性とは、食品中の自由水の割合を示したものです。(中略)数値が0.65以下になると、ほとんどの微生物の生育が抑えられます。」
(前掲書 p.50)

自由水の割合、と言っても、先ほども述べた通り自由水と結合水は明確に区別できるものではありません。
それではどのように水分活性を計算するのかというと、蒸気圧を利用するのです。

水分活性Awは以下の式で表されます。

Aw=P/P0

ここでPおよびP0は以下の値です。
P:該当食品の蒸気圧、P0:純水の蒸気圧
この式を知っていれば、任意の食品の水分活性が測定できますね。作り置きのおかずを作るときは、水分活性が0.65以下になるように努めましょう。

…純水の蒸気圧はともかく、食品の蒸気圧なんてどうやって調べるのかって?
それはもちろん、水分活性測定器を使うのです。
某通販サイトにも売っていますので、一家に一台水分活性測定器、いかがでしょうか。

 

アズワン 水分活性測定装置SP-W /2-4218-01
 

 …11万円は高すぎる?そうですか…

冗談はこれくらいにして、高価な機械を使わずとも簡単に食品の水分活性を測る方法を考えてみましょう。

水分活性を求める式を見て、中学校の理科で習ったある公式を連想した方はいらっしゃるのではないでしょうか。

…蒸気の圧力の比で表される、相対湿度を求める式と似ていますよね。

詳しく言えば、相対湿度は、ある空気に実際に含まれる水蒸気の分圧と、その空気が含むことができる最大量の水蒸気の分圧との比(普通%を用いる)で表されるのでした。

ここで、ある空気が含むことができる最大量の水蒸気の分圧は、純水の蒸気圧と等しくなります。

同様に、密閉空間内に食品を置いておき、その空間の湿度を調べれば、食品の蒸気圧も分かります。

というわけで、湿度計を使えば、簡易的にではありますが食品の水分活性を調べることができそうです。

(ちなみに、先ほど紹介した水分活性測定器の原理もこの理論を利用しているよです。)

まあ、それが分かったところで、作った料理の水分活性を測るかと言えば、普通は測りませんよね…

余談

先ほど「作り置きのおかずを作るときは水分活性を0.65以下にするようにしましょう」なんて書きましたが、これは嘘です。

水分活性0.65といえば、ドライフルーツやキャンディーが程度の値です。。家で作る常備菜なら、せいぜい0.9くらいが限度かと思います。

何が言いたいのかと言えば、工業的に生産するような商品ならともかく、家庭での料理では水分活性の値なんてそんなに気にするべきものではないということです。

参考文献

あいち産業科学技術総合センターニュース 2014年11月号「食品中の水分活性について」

http://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no152_03.pdf

日本食品分析センター「水分活性について ~食品の保存性パラメーター~」

http://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no152_03.pdf

「調理師 資格ガイド」を勝手に補足その1 ~水の硬度~

こんにちは。ほりけんです。
先日本屋をうろうろしていたところ、たまたま目に入り衝動買いしてしまった一冊がこちら。

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伊藤秀子・星屋英治著(2020)資格ガイド 調理師’20年版 成美堂出版

です。

といっても、僕に調理師免許を取得する予定はありません。
そもそも調理師免許は実務に2年以上従事しないと受験資格が得られませんので。
それなのになぜ買ったのかと言えば、食に関する知識を体系的に学ぶのにちょうど良さそうだったのと、パラパラめくってみたところ読み物としても面白そうだったためです。

ただしこういったテキストの宿命として、事実が淡々と記されている形式なので、なぜそうなるのか、という説明が足りないな…と感じる部分もありました。
そこでこのブログで、調理師資格ガイドの内容を(勝手に)補足していこうかなと思います。
調理師を目指す方の一助となればいいな、というよりは、自分の学びを補強する狙いのほうが強いです。
その分このテキストを持っていない、調理師を目指していない方にも読みやすいようにすることを心がけていきたいと思います。
(もっと正直に言えば、しばらくの間僕たちの本業が忙しく、動画の撮影・編集が難しいため、間を繋ぐコンテンツが欲しいというのもあります。)

一つの記事につき一つ、テキストの中から気になったトピックを選び、それぞれ詳しく解説していきたいと思います。

初回なので前置きが長くなってしまいました。
それでは本編です。

水(PART1 公衆衛生学 Section3「環境と健康」より)

第一回は料理に欠かせず、人間の生活環境の要素としても非常に重要な水についてです。
テキストでは「水の硬度と種類」というトピックで、以下のような内容が記されています。

「水中に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量により、水の硬度を判定。硬水、中硬水、軟水に分類される。
1L当たりの含有量 300mg以上 → 硬水(石けんが泡立ちにくい)
           100~299mg → 中硬水(洋風煮込みに適する)
           100mg未満 → 軟水(だし、茶、コーヒーに適する)」
(前掲書 p.19)

水の硬度によって用途に向き不向きがあるという話は聞いたことがある方も多いでしょう。
テキストにはこのような分類しか書かれていませんので、今回は水の硬度についてより詳しく解説していこうと思います。

硬度とは

そもそも硬度とは何か。
テキストには「水中に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量」とありますが、この書き方はあまり正確でないと言わざるをえません。
正確に言えば、「カルシウム及びマグネシウム含有量を炭酸カルシウムに換算したもの」となります。
より具体的に言えば、水中に含まれるカルシウム及びマグネシウムの総量と同じ物質量の炭酸カルシウムの濃度、となります。
意外とめんどくさい概念なんですね。
ちなみに硬度の計算法にはいくつか種類があり、日本で採択されているこの方式はアメリカ硬度と言います。

硬度による水の分類

硬度による水の分類にはいくつか種類があり、前掲したものは日本において一般的とされる方式のようです。
長いので以降は便宜上「日本式」と呼びます。
日本式は法令などで明文化されているものではなく、出典もよくわかっていません。

一方WHO(世界保健機関)が定める分類はこれとは異なり、60mg/L未満を軟水、60~120mg/Lを中硬水、120~180mg/Lを硬水、180mg/L超を超硬水(Very hard)としています。
日本式とはかなり違いますね。

いくつかの資料を調べるなかで、日本式は水道基準と深く関連があるようだということがわかってきました。
これについては次の節で詳しく述べます。

水道水の硬度

日本における水道(上水道)の水質は、色や臭いだけでなく、生息する細菌の数や有害物質の濃度など、水道法により細かく定められています。
その中に硬度の基準もあり、アメリカ硬度で300mg/L以下でなければならないとされています。
また、この必ず満たさなければならない項目とは別に、水質の目標値が設定されているものもあり、硬度は10~100mg/Lであることが望ましいとされています。
これらの基準の根拠として、300mg/L以上の硬度では石鹸の泡立ちが悪くなること、10~100mg/Lの水が美味しいとされることが挙げられています。
このことから、日本式は水道の水質基準を基に、基準値以上の硬度の水を硬水、推奨される硬度のものを軟水と呼ぶようにしたのではないかと推測されます。

以降のこの記事で単に「硬水」「軟水」と記述されている場合は、単に相対的に硬度が高い/低いという意味であり、特定の基準以上/以下であるということを意味しません。

なお水道水の硬度はその土地の地質などに影響されるため、地域によっては大きく異なることがあります。
日本水道協会が公表している水道水質データベースをみると、日本各地の水道水の硬度にはかなり大きなばらつきがあることがわかります。
日本と海外を比べると、日常的に用いられる水の硬度はさらに大きく異なります。

日本では出汁文化が発達した一方、欧米では肉料理が広く食べられるようになったのは、地質的な水の硬度が影響しているのかもしれません。

硬水で石鹸が泡立ちにくくなる理由

ようやくKitchen Scienceらしい話になります。

前述の通り、水の硬度が300mg/Lを超えると石鹸の泡立ちが悪くなります。
この理由を考える前に、そもそも石鹸とは何かの説明が必要になります。

石鹸とは、広く言えば高級脂肪酸(炭素の数が多い脂肪酸)とアルカリが中和してできた塩のことです。

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石鹸の構造式の一例。ジグザグしているのが脂肪酸由来の部分で炭素がたくさんある。

石鹸には脂肪酸の種類によって水に溶けやすいものと溶けにくいものがあり、これらがバランスよく水と混ざることであの泡立ちが生まれます。
ところが、水に多量のカルシウムイオンが含まれていると、石鹸と反応して水に溶けない塩が多く生成されてしまいます。
この不溶性の塩が、硬水によって泡立ちが悪くなる原因だと考えられます。

硬水を使うべき料理・軟水を使うべき料理

テキストにも記載があった通り、軟水は出汁やお茶に、硬水は洋風の煮込み料理に適しているとされています。
ではそれはなぜなのか、ということについて、色々と調べてみましたが、明確な理由は見つけられませんでした。

調理科学の研究は官能評価(人間の味覚を元とした評価)が多く、また成分分析が可能であったとしても、なぜその変化が起きるのかを突き詰めるのは大抵の場合非常に困難です。
テキストにあっさりとした事実のみ書かれているのも仕方のないことなのでしょう。

水の硬度と料理の関係について、様々な研究が行われてはいるので、それらの結果から考えられることをご紹介いたします。
今回取り上げるのは 鈴木・豊田・石井(2007)「ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響」 日本食生活学会誌 18(4) 376-381 です。
これによると、昆布から出汁を取る際に用いる水の硬度によって、抽出されるアミノ酸グルタミン酸ナトリウム)の量に有意な差はなかったとしています。
それでは硬水で昆布出汁を取るときに何が生じたかといえば、硬水に含まれるカルシウムが減少していたことが明らかになっています。
減少した分のカルシウムは、昆布に吸着されたと考えられます。
これにより昆布に含まれるアルギン酸にカルシウムが結合し、不溶性の塩が析出するため、口当たりが悪くなるといった影響が生じたのでしょう。

最後に

 肝心の「なぜ」とした部分がふわっとした説明になってしまったことについては申し訳ありません。
調理科学において「なぜ」という理論を考えることの難しさが伝わったかと思います。

とはいえ以前にもお話した通り、なぜそれが起きるのかということが分からなければその現象を他のものに応用することもできないでしょう。
今後もわかる範囲で、かつできうる限り正確に「なぜ」を突き詰めていきたいと思います。

 

 

参考文献

WHO”Hardness in Drinking-water ”
https://www.who.int/water_sanitation_health/dwq/chemicals/hardness.pdf

花王 関連カテゴリーのQ&Aボディケア製品 「Q、温泉などで石けんの泡立ちが悪くなるのはなぜ?」
 https://www.kao.com/jp/qa_cate/soap_04_01.html

厚生労働省 「水道水質基準について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/kijunchi.html

千葉県栄水道 おいしい水づくり計画オフィシャルサイト「その14水の硬度ってなぁに?」
http://www.pref.chiba.lg.jp/suidou/keikaku/oishii2/mame/mame14.html

鈴木・豊田・石井(2007)「ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響」 日本食生活学会誌 18(4) 376-381

 

 

 

自作ねるねるねるねの補足その1 ~料理における有効数字~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は、ねるねるねるねを自作する」の動画の内容を補足するものとなっています。
未視聴の方は先にこちらをご覧ください。


【再現レシピ】「ねるねるねるね」を粉から自作する!~酸・塩基の反応とアントシアニンの色の変化~

動画と同じく、かなり久しぶりのブログ更新となってしまいました…

さて、自作ねるねるねるね、いかがだったでしょうか。
乾燥卵白やシュガーペーストなど、馴染みのない材料が多く登場しましたね。
今回の記事はそれらの材料やねるねるねるね、あるいは動画でお話しした化学反応についてではなく、「有効数字」についてです。
有効数字がねるねるねるねの動画と何の関係があるんだよと思われるかもしれませんが、順に説明してまいります。
それでは本編です。

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 ”1g”は何gか?

この写真をご覧ください。塩を1g量りとったものです。
突然ですが問題です。この塩の重さは何gあるでしょう?

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それは1gだろう、と思われるかと思います。それは間違いではないですが、あまり正確な答えでもありません。
秤の表示は小数点以下の端数を丸めているため、より厳密に言えば、この塩は0.5g〜1.4gの間の重さ、となります。(注1)
動画内でも、スプーンの重さを例にお話ししていましたね。
ねるねるねるねを作る際は、重曹クエン酸を1gずつ量りとる際、それらの重さが大きく異なってしまうことのないように(それぞれ1gずつのつもりが実際は0.5gと1.4gだった、といったことのないように)気を付けて計量していました。(注2)

なんとなく、有効数字が自作ねるねるねるねだけでなく、料理全般にも関係するように思えてきたのではないでしょうか。

有効数字とは

本題に入る前に、ここまで説明を避けてきた有効数字という概念について、簡単に説明します。
有効数字とはその名の通り、測定や計算の結果の値について、意味を持つ”有効な”数字のことです。
計算例を挙げながら説明しましょう。

ここに塩があるとします。0.1g刻みで表示されるデジタル秤で重さを量ったところ、8.1gと表示されました。先ほどと同じく、実際には8.05gかもしれませんし、8.14gあるかもしれません。このような誤差を含みながらも、小数点以下第一位の"1"は、確かな意味を持つ"有効な"数字と言えます。当然一の位の”8”も有効な数字ですので、秤に表示された8.1gは有効数字二桁である、のように言います。

有効な数字、と言われてもピンとこないかもしれませんので、以下の例を基に考えてみましょう。
この8.1gの砂糖を、厳密に7等分したとします。あまり現実的な仮定ではありませんが、説明のためということでご了承ください。
このとき、一つあたりの重さを計算すると、

8.1÷7=1.15714…(g)・・・(A)

となりますね。
この割り算の答えは延々と続く無限小数ですが、果たしてこの小数点以下は"有効"な数字でしょうか?
もし実際には最初の砂糖が8.05gしかなかった場合、7等分した一つあたりは

8.05÷7=1.15(g)
となります。
逆に8.14gの砂糖を7等分すると、一つあたりの重さは

8.14÷7=1.162857…(g)

ですね。

すなわち、七等分した塊一つの重さは、1.15gから1.162857...gの間の範囲である、ということです。
ともすれば、8.1gの砂糖を七等分したうちの一つの重さは、1.2gと表すのが最も正確ですね。(A)式の答えの小数点第二位以下は"有効"ではなく、延々と計算する意味もないのです。

非現実的な具体例だけでなんだか煙に巻かれた気がするかもしれません。
有効数字を用いた計算の理論を詳しく語ると今回の記事の本筋から離れますので、詳しく知りたい方は高校化学の教科書などを読み返してみてください。

料理のレシピにおける有効数字

ようやく本題に入ります。ここまで話してきた内容が、料理とどういった関係があるかです。

あるレシピに従ってクッキーを作る場面を想像してください。
レシピに「ベーキングパウダー5gを加える」とあったので、あなたは秤でベーキングパウダーを5g量り、生地に混ぜました。
できあがった生地を焼いたところ、レシピに載っていた写真よりも大きく膨らんで、不格好なクッキーになってしまった…

お菓子作りに限らず、レシピ通りに作ったはずなのにうまくいかなかった、ということは、誰しもが経験があると思います。
クッキーは混ぜて焼くだけの簡単なお菓子の定番ですが、それでもレシピ通り作っているのに何か違う、その原因はどこにあるのでしょうか。
様々な要因がありえますが、折角ここまで長々とお話ししてきたので、ここでは有効数字という観点から考えてみましょう。

この例における「ベーキングパウダー5g」が最も美味しくなる量だとして(あくまでそのようなものがあると仮定して、ですが)、秤で量った5gがそれと同じ値になるとは限りません。(注3)
秤に表示された5gは有効数字一桁で、実際には4.5g~5.4gの間の量だと考えられます。
この場合の誤差は最大で約0.5gです。
たった0.5gじゃないか、と思われるかもしれませんが、5gという測定値と比較した誤差の大きさ(相対誤差)を考えると10%もあります。
あくまでこれはかなりざっくりとした計算で、本来なら厳密にこの誤差の大きさを評価するべきではありますが、直感的には無視できない大きさなのではないかと思います。

まとめ

実際には、使う材料や器具の質の差などの他の要因のほうが、出来栄えに与える影響は大きいでしょう。
ただ普段料理をしない人がレシピを再現しようとするよりも、料理慣れしている人が目分量で作ったほうがおいしくなるのは、こういったあたりも影響するのではないかな、と考えたのです。

レシピに忠実に作ろう!としても、測定値にはどうしても誤差が生じ、それによって出来上がりにも差が生まれてしまいます。
対して、料理をする人の目分量というものは、ある程度感覚的・経験的な根拠に基づいたものだといえます。
例えば、「このベーキングパウダーは古いから膨らませる力が弱まっているだろう。いつもより気持ち多めに入れてみよう」といった具合です。
こういったコツを掴めるように、感覚を研ぎ澄ませている人が、料理上手と呼ばれるのかもしれませんね。

注1

ここでの記述は、秤の端数処理が四捨五入によると仮定したものです。端数切り捨て処理の場合もあるかもしれませんが、その場合も以下の計算結果に大きな違いはありません。

注2

クエン酸と炭酸水素ナトリウムはどちらも弱酸・弱塩基であるため、実際には動画内で解説・計算したように重量比1:1で反応することはまずありません。不正確な説明で申し訳ございませんでした。
弱酸・弱塩基の反応について、次回の記事で詳しく訂正・解説をする予定です。

注3

もっと言えば、最も美味しくなる量とレシピに記載のある量の間に誤差があることも考えられます。その場合、
最も美味しくなる量:4.6g、レシピに記載された量:5g、実際に入れた量:5.4g
と、最も美味しくなる量と実際に入れた量の誤差がさらに大きくなる可能性があります。

 

「伊勢海老のカンジャンセウ」の補足その1 ~食中毒予防についてもっと詳しく~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は「伊勢海老のカンジャンセウ ~食中毒には気を付けよう~」の動画の内容を補足する内容となっています。
動画を未視聴の方は、先にこちらをご覧ください。


【贅沢に】伊勢海老のカンジャンセウ ~食中毒には気を付けよう~

今回の動画の解説編は、いつもと調子を変えたものにしてみた結果、その分内容がかなり簡単になってしまいました。
一方で、扱ったテーマは「食中毒予防」と、いつも以上に正確性が求められるものでしたので、動画で伝えきれなかった分をブログでしっかり補足をしていこうと思います。
なお今回のブログ及び動画の内容は、厚生労働省のホームページを参考にしております。

それでは参ります。

食中毒の原因

動画では専ら細菌性のものについて述べましたが、食中毒を引き起こす要因は他にもあります。
細菌性食中毒が夏にリスクが高まるのに対し、冬に怖いのがノロウイルスに代表されるウイルス性食中毒です。
また動物や植物が持つ自然毒や、アニサキスなどの寄生虫による食中毒があります。

ちなみに、何かと悪者扱いされがちな「菌」ですが(厚生労働省のHPにも「食中毒菌を付けない・増やさない・やっつける」とあります)、実際は菌・細菌・ウイルスは全く異なるものです。さらに言えば、食中毒の主な原因となるのは細菌とウイルスです。
簡単に言えば菌はヒトと同じ真核生物(細胞に核がある生物)であるのに対し、細菌はより小さい原核生物(核を持たない生物)です。またウイルスはそもそも生物ですらありません。
とはいえ、細菌性食中毒予防の三原則に基づいた食中毒対策は、基本的にウイルスや菌にも通じるものではあるので、季節や扱う食材にかかわらず常に心掛けていただきたいと思います。

ちなみに、それでは菌による食虫毒にどういったものがあるかというと、毒キノコによるものがそれに当たります。
ほとんどの毒キノコは加熱しても食べられませんので、その点は十分ご注意を。

細菌性食中毒予防の三原則おさらい

それではここからは、細菌性食中毒予防の三原則ひとつひとつについて、具体的にどういったことをすればよいのか見ていきましょう。

1.付けない

食中毒の原因となる細菌やウイルスを食べるものに「付けない」。
そのためには、まず第一に料理前には必ず手を洗いましょう。
また肉や魚を扱ったあと、その包丁やまな板などの調理器具で他の食材(特に加熱せずに食べるもの)を調理するのも危険です。
政府広報によれば、都度洗浄することはもちろん、可能であれば殺菌することも推奨されています。

また料理の残りを保存容器に移す際は、その容器も清潔でなければいけません。
ジャムなど瓶詰めのものを作る際、瓶を煮沸するのも消毒のためです。

2.増やさない

細菌を「増やさない」。
食中毒の原因となる細菌は、気温や湿度が高いと活発に増殖するようになります。
増えれば増えるほど食中毒のリスクが高まるため、様々な方法で細菌の活動を抑制する必要があります。
最も効果的なのは低温に保つことで、冷蔵・冷凍が必要な食材は必ず冷蔵庫および冷凍庫に保管しましょう。
もちろん、低温で保存しているからといって細菌の増殖が完全に抑制されるわけではないですから、過信しすぎることなく生ものは早めに食べきりましょう。

料理の残りを保存容器に移すのは、細菌を増やさないためでもあります。
特にカレーなどの大鍋料理では、そのままだと冷めにくく、細菌が繁殖しやすい状態が続くことがあります。
保存容器に小分けにすると、暖かい料理が早く冷め、細菌の活動を抑えることができるのです。
もちろん、粗熱が取れたら、すぐに冷蔵庫や冷凍庫に入れましょうね。

なお、生物でないウイルスは基本的に食品内で増殖することはなく、また少量でも食中毒のリスクが高いため、「増やさない」は適用されません。
(ウイルスは他の生物の細胞内器官を利用しなければ増殖できないので、死んだ生物の肉に付いたとしても増えることはできないのです。)
自分の健康状態を把握し、調理場にウイルスを「持ち込まない」、万が一持ち込んだとしても、ウイルスを食品や調理器具に「広げない」といった対策が必要です。

3.やっつける

細菌やウイルスを「やっつける」。
最も効果的な手段は、やはり十分な加熱です。
特に肉料理においては、以前低温調理の記事でも書いた通り、基本的には「中心部を75℃で1分以上」の加熱が目安となります。

小分けにして冷蔵庫に入れていた作り置きの料理についても、保存中に細菌等が増えていることが考えられますから、食べる前にはしっかり温めなおす必要があります。

総括に代えて

では、ここまで振り返ってきた内容を基にして、伊勢海老のカンジャンセウ作りで殻ごと漬け込まなかった理由を詳しく述べていきます。

まず今回は生のまま食べる料理ですから、加熱による消毒は望めません。
細菌を「やっつける」ことができないわけです。
(最後に飾った頭は念のためバーナーで表面を焼いてはいました。)

丸一日漬け込む間、冷蔵庫に入れておくことでできるだけ細菌を「増やさない」ようにはしましたが、もともと付いている量が多ければ食中毒のリスクは高くなります。

というわけで、いかに細菌を料理に「付けない」かがカンジャンセウを安全に作る肝でした。
一緒に漬け込んだ赤エビは殻がツルツルしていたため、アルコールを含ませたキッチンペーパーで拭けば表面の消毒は十分だと判断しました。
しかし伊勢海老に関しては、見ての通り突起が多く表面の消毒が難しかったため、やむを得ず剥き身にして漬け込むことにした、というわけです。

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これから暑くてジメジメした夏が始まります。
食中毒に気を付けた調理を行い、安全な食生活をもって乗り越えていきましょう!

参考文献

厚生労働省「食中毒」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html

政府広報オンライン「食中毒を防ぐ3つの原則・6つのポイント」
https://www.gov-online.go.jp/featured/201106_02/index.html

 

「圧力鍋で丸ごとオニオンスープ」の補足その1 ~冬にも新玉ねぎが食べられる?~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は「圧力鍋でまるごとオニオンスープ~物質の三態と温度・圧力の関係~」の動画の内容を補足する内容となっています。
動画を未視聴の方は、先にこちらをご覧ください。


【時短・簡単】圧力鍋でまるごとオニオンスープ~物質の三態と温度・圧力の関係~【圧力鍋の仕組み】

新玉ねぎといえば、この時期にしか出回らない、安くておいしい春の野菜の代表格。
そんな新玉ねぎが、冬にも食べられるようになるかもしれない、という話を聞いたこ都がある方はいらっしゃるでしょうか。

そもそも新玉ねぎとは

新玉ねぎと普通の玉ねぎ(いわゆるヒネもの)の一番大きな違いは、収穫後の処理方法にあります。
通常玉ねぎは保存性を高めるため、収穫後1か月ほど乾燥させた後出荷されます。
一方新玉ねぎは、収穫されてからすぐに出荷されるため、瑞々しい状態が保たれるというわけです。
その分新玉ねぎはとても痛みやすいので、お店で買ってきたらできるだけ早く使い切ることを心がけましょう。

また、通年店頭に並んでいる玉ねぎは「黄玉ねぎ」と呼ばれるもので、春にも秋にも収穫ができます。
一方新玉ねぎとして食べられているものの多くは「白玉ねぎ」で、こちらは春に収穫されます。新玉ねぎがこの時期にのみ食べられるのはこの違いもあるようです。

冬に食べられる新玉ねぎ

しかし、冬に収穫される白玉ねぎの品種が、近年ついに開発されました。それが「シャルム」です。

 

 今のところ「新玉ねぎ」として(収穫後乾燥せずすぐに出荷して)販売されている例はあまり見られないですが、近い将来、甘くて柔らかい新玉ねぎが春以外にも食べられるようになるかもしれませんね。

収穫時期をずらす技術

多くの野菜・果物には旬があり、一年の中で限られた時期にしか収穫できません。

それに対して、「一年中美味しいみかんを食べたい!」といったような消費者のニーズに応えるため、あるいは農閑期における収入源とするため、本来のものと収穫期をずらす様々な技術が開発されています。

先に挙げた白玉ねぎの「シャルム」のように、栽培サイクルが異なるような品種開発はその一つです。

このパターンの他の作物の例として思いついたのは、ちょうど今の時期、初夏の頃に食べられるみかん「南津海」です。

またヒネものの玉ねぎのように、貯蔵技術を確立することで長期間の出荷が可能になっている作物もあります。玉ねぎの他にはりんごが代表的な例と言えます。

(もっと言えば「産地サイクル」という概念も組み合わさることで僕たちは一年中玉ねぎやりんごをスーパーで買えるのですが、この話はまたいずれ…)

また温度や湿度、照度といった栽培環境をコントロールすることで収穫を本来の時期とずらすという方法も一般的です。日本人にとって馴染み深いのは、温室で育てるハウスみかんでしょう。寒くなる時期に温室によって気温を上げることで、普通のみかんとは半年ほどずらし、夏にも出荷することができるのです。

今はまだ限られたものにおいてのみですが、人間が完全に季節をコントロールできるようになるのも、そう遠くないかもしれませんね。

 

参考文献

農畜産業振興機構「これからが旬、新玉ねぎ!」(https://www.alic.go.jp/koho/kikaku03_000788.html

磯島昭代・木下貴文・山本淳子「冬季における生食用新タマネギの消費者ユーステスト」(東北農業研究 70,115-116 2017)