Kitchen Science's Memorandum

YouTubeチャンネル”Kitchen Science”の動画で伝えきれなかったことをつらつらと書いてまいります。

とろける生姜焼きの補足その1 ~水溶き片栗粉、火を消してから入れるか?付けたまま入れるか?~

こんにちは、ほりけんです。
タイトルで出オチ。

この記事は「片栗粉でとろける生姜焼き 〜デンプンの性質〜」の動画を補足する内容となっています。
動画をご覧になっていない方は、先にこちらからご覧ください。


【白い粉再び】片栗粉でとろける生姜焼き 〜デンプンの性質〜【料理 × 科学】

 

さて、今回の動画では、水溶き片栗粉でうまくとろみをつけるコツについて、でんぷんの性質に基づいて解説しました。
しかし、水溶き片栗粉を入れる際に火を消すか付けたままか、というポイントについてだけは、明言を避けました。
これはどちらにもメリット・デメリットがあり、動画内で話すと長くなりすぎてしまうためです。
というわけで、今日はこちらの記事で、それぞれの方法について詳しく解説できたらと思います。
今回焦点を当てるのはこのポイントのみですので、前回と違ってサクッと読めるものになっている…はずです。
それでは本文をどうぞ。

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そもそもダマとは

まずは動画内でもお話した、片栗粉でとろみが付くメカニズムの復習を。
片栗粉の主成分であるデンプンが柔らかい状態になる(糊化)ためには、水と熱が必要なのでした。
温かい料理に固まった状態で片栗粉をいれると、周囲から徐々に糊化するため、一部分に留まり柔らかい塊になります。これがダマです。

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ダマができる過程のイメージ図


片栗粉を水で溶いてから入れるのも、水溶き片栗粉を加えてから良くかき混ぜるのも、できるだけ片栗粉を分散させることが目的です。一様に分布した片栗粉が糊化することで、均一にとろみがつくのですね。また片栗粉を入れた後に加熱を止めると、糊化が部分的にしか起こらずうまくとろみをつけることができません。

ここからが本題です。入れた後は加熱するとして、水溶き片栗粉を入れる瞬間は、火を付けていた方がいいのでしょうか。それとも消してから入れて、再度火を付ける方が良いのでしょうか?

火を付けたまま入れると

動画内ではこちらの方法を採りました。

火にかけられたまま、すなわち熱せられた料理に水溶き片栗粉を入れると、糊化がすぐに始まります。この手早くとろみをつけられるというのは一つの利点です。

また冷めた料理に水溶き片栗粉を入れると、糊化が起きなかったデンプンが鍋の底に沈殿することがあります。
そこに熱が加わると、底に溜まったデンプンが糊化し、ダマになることが考えられます。
加熱しながら水溶き片栗粉を加えることで、そのようなダマの発生を抑えることができます。

火を消してから入れると

では、火を消してから入れる方法のメリットは何でしょうか。

水溶き片栗粉を入れるとすぐ焦げてしまう、という方には、火を消してから入れることをお勧めします。
片栗粉はほとんど純粋なデンプン、すなわち炭水化物であり、非常に焦げやすいものです。火が強すぎる、
あるいは片栗粉を溶いた水が少ない、といった場合、火をつけたまま水溶き片栗粉を入れると焦げてしまうことがあります。一度火を止め、水溶き片栗粉を入れてかき混ぜながら火を付けることで、焦げ付きのリスクを低下させることができます。

また火を止めた状態だと糊化がゆっくり進むため、かき混ぜる時間の猶予ができ、ダマになりにくい、ということも考えられます。加熱されている鍋の一部分に集中して水溶き片栗粉を流し入れると、それが塊のまま糊化しダマになってしまうことがあります。火を消してしっかりかき混ぜてから火を付けることで、そのようなダマの発生を抑えることができるというわけです。

 結局どっちが良いの?

他のホームページや本をいくつか見てみると、どちらの方法を勧めるものもありました。それぞれ一長一短で、人によって使い慣れた方法を採っているということでしょう。
大まかにですが、料理初心者向けには火を消してから入れる方法、プロっぽく手早く仕上げるには火をつけたまま入れる方法がそれぞれ紹介されている傾向が見られるように思います。

どちらにおいても、「鍋に入れる前にしっかり水に溶く」「鍋に入れる際は一か所に固まらないよう回しかける」「鍋に入れた後は加熱しかき混ぜ続ける」という3点は共通しています。
水溶き片栗粉を使ってとろみをつける際は、まずはこれらのポイントを気にしてもらえれば良いのかなと思います。
その上で、もし今まで火を付けたまま水溶き片栗粉入れていて、とろみをうまくつけられなかった、という方は、次からは逆に火を消してから入れてみてください。

とろみ付け以外にも、何かうまくいかないな…と思うことがあれば、その原理から考えてみると良いかもしれませんね。

「理論上最強ローストビーフ」の補足その1 ~それぞれの工程の意義~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は「低温調理で柔らかローストビーフに挑戦」の動画の内容を補足するものです。
今までの記事では補足と言いながらあまり関係のない内容を書くことも多々ありましたが、今回は本当にただの補足記事です。
動画をご覧になっていない方は先にこちらをご視聴ください。


【理論上は最強】低温調理で柔らかローストビーフに挑戦~タンパク質の構造と変性~【実験】

さて、今回はガスコンロでどれだけ低温調理を実現できるかという実験をしてみました。(Twitterで告知した「見たこともない方法」というのは言い過ぎだったかもしれませんがそこはご容赦を…)
動画内では低温調理の原理となぜ美味しくなるのかという説明に、解説編・調理編のかなりの部分を割いたため、ガスコンロで低温調理を行う工夫やそれ以外の工程をなぜ行うのかといった話はほとんどできませんでした。
そこで今日は、この記事で「理論上は最強だった」ローストビーフ作りの手順を一から見直し、それぞれの工程にどのような意義があったのか、詳しい補足を行いたいと思います。

それでは本文です。

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ローストビーフに使う部位

動画では牛のモモ肉を使いました。ローストビーフの材料としては最も一般的な部位でしょう。

肉は主にタンパク質と脂肪で構成されており、部位によってこのバランスは異なります。
ローストビーフはできたてアツアツの状態ではなく、冷めてから食べることが多いです。
肉の脂というものは冷えると固まる性質があります。バラ肉などのあまりに脂多い部位がローストビーフには不向きとされるのはこのためです。
一方で、まったく脂が感じられないお肉というのもそれはそれで味気ないものです。
冷めてから食べても嫌な食感にならない程度の脂が含まれる部位がモモ肉ということですね。

モモ肉以外だと、「ローストビーフでも脂のサシを楽しみたい!」という方にはサーロインやランプ、より赤身の旨味と柔らかさを堪能するのであればヒレなどの部位がおすすめです。

また逆に言えば、温かい状態ならば脂の多いバラ肉も美味しくいただけます。
牛のバラ肉はクセがあり繊維も多いので万人向けではないですが、柔らかく仕上げたバラ肉のローストポークは、豚の脂の甘みが感じられとても美味しいですよ。

肉を密閉できる袋に入れる

今回の調理法の一番のポイントは、一定の温度に肉を保ちたい、ということです。
そのためにはお湯に直接肉を沈めるのが一番確実ですが、すると今度は肉の成分が水中に溶けだしてしまいます。

そこで肉をビニールなど耐水性の袋に入れるわけですが、ただ入れただけでは肉と袋の間に空気の層ができてしまいます。
そうすると空気は水に比べて熱伝導率が非常に低いので、熱が伝わりにくくなり、また部分的にしか伝わらなくなるのです。

そこで役に立つのが密閉できるプラスチック製の袋。要はジップ□ックですね。
これに肉を入れてできるだけ空気を抜いてから封を閉じることで、熱がほとんど直接お湯から肉に伝わる作りを実現できるようになります。

なお、空気をできるだけ抜くために、ストローなどを使って袋の中の空気を吸い出す方法もあります。
僕は衛生的にちょっと怖かった(根拠があるわけではありません)ので、今回はその方法は見送りました。

温度計でお湯の温度を測る理由

動画内では常に、肉の温度を50℃〜66℃に保つ、と言っていましたが、実際に温度計で測っていたのは周囲のお湯の温度でした。
これでは実際の肉の温度がわからないじゃないか、と思われた方もいらっしゃるでしょう。仰る通りです。
実際には、肉の中心に温度計を挿し、その温度を見るべきでした。

なぜそうしなかったかと言えば、技術的な問題でしかありません。
いくつかの方法を試したのですが、今回使った器具では、袋の密閉を保ちながら肉に温度計を挿した状態を維持することができなかったので、次善の策としてあのような形をとりました。

とはいえ、この方法は動画で行ったガスコンロによるなんちゃって低温調理には向いていると言えなくもありません。
肉の中心部の温度を測るとき、例えばそれが65℃を示していたとしても、周囲の肉はそれより高い温度になっていることが考えられます。
一方、肉の周りのお湯の温度を測っていれば、必ず熱がお湯から肉へと伝わると仮定すれば、肉の温度は温度計が示した値以上になることはありません。

実際には、鍋底から肉が直接加熱されることも考えられます。
わざわざ鍋にざるやお皿を敷いてから肉を入れていたのは、この鍋底からの加熱をできるだけ伝えないようにするためでした。

肉を66℃以上にしたくなかった今回の調理ではこちらの方が向いている、というのはこういった理由によります。

ただし、次項で述べる加熱による殺菌の効果を測るには向きませんので、やはりおすすめできない方法と言わざるを得ないでしょう。

2時間も加熱する理由

動画の解説ではタンパク質の編成に絡めて温度に主軸を置き、加熱する時間についてはほとんど触れませんでした。しかしここも低温調理をするうえでは非常に重要なポイントですので、改めてここで解説しようと思います。

今回2時間もかけて加熱した一番の目的は安全性のためです。
食中毒の原因となる細菌は、十分な加熱によって不活性化させることができます。
普通の料理ならば、加熱時間や温度にそこまで神経質にならなくても大抵は問題ありません。(必ずとは言い切れないから食中毒が発生し続けているわけですが。)
しかし低温調理では、生半可な加熱では細菌を不活性化しきることができないばかりか、最悪の場合細菌を増やしてしまう可能性すらあります。

それでは具体的にどれだけ加熱すればいいのかといえば、ここは素人の知識だけで語るのはとても危険ですので、権威に頼りましょう。
日本における食の安全基準を定める大本は厚生労働省です。厚生労働省が2018年10月に更新した「食肉の安全に関するQ&A」によると、食中毒の防止のための加熱条件として、食肉の中心部を75℃で1分間加熱する必要があるとしています。またこれと同様の条件として挙げられている例の中で最も低温の条件は「65℃で15分」です。

アクチンの編成は66℃で始まることを考えると、低温調理機ならばともかく、ガスコンロを使う今回の方法ではそんなぎりぎりの温度まで加熱したくはありません。
もう少し低温で殺菌したいわけです。

これより低い温度での加熱条件だと、かなり古いものになりますが1959年に発表された「食品、添加物等の規格基準」の中には記載があります。ローストビーフが含まれると考えられる「特定加熱食肉製品」の具体的な加熱基準について、「その中心部の温度を63°で30分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法以外の方法による加熱殺菌を行」ったうえで、以下の条件での加熱が必要としています。

「製品は,肉塊のままで,その中心部を次の表の第1欄に掲げる温度の区分に応じ,同表の第2欄に掲げる時間加熱し,又はこれと同等以上の効力を有する方法により殺菌しなければならない。」

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厚生労働省「食品、添加物等の規格基準」より引用、一部表現改

というわけで、厚生労働省に従うならば、63℃で30分以上加熱したうえで、50℃~60℃に保つならば1時間程度は加熱する必要があるということになります。

注意すべきは、これらは全て肉の中心部の温度についての話だということです。
動画で試したなんちゃって低温調理では、上記の理由により直接肉の中心の温度を測ることができません。
当然肉の中心部は周囲のお湯より温度が低いですから、温度計が示す温度をもとにこの基準の時間だけ加熱するのは不十分です。

実際に周囲のお湯を何度でどれだけ保てばよいのか、というデータは流石にありません。
というわけで、今回はかなり余裕を持たせて加熱時間を2時間と設定しました。
初めての低温調理だったので、これくらいのマージンは必要だったのではと思います。

ちなみに長時間加熱することのもう一つのメリットとして、肉の筋を柔らかくすることが挙げられます。
とはいえ60℃で2時間加熱した程度では、普通の調理と大差はないでしょう。
長時間加熱すれば柔らかくなる、というのは、スネ肉など筋の多く硬い部位を調理する際に覚えていただきたい点です。
一度じっくり加熱してから焼き上げることで、スネ肉特有の濃厚な味わいと香ばしさが楽しめ、しかも柔らかい絶品のグリルができあがります。是非一度おためしあれ。

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以前作った牛スネ肉のグリル(とその時の献立)。野菜と一緒にオーブンに入れてその水分で蒸し焼きに。

加熱した後に調味する

動画では鍋での加熱後に肉に塩をまぶしました。
これは調理する温度以上に、一般のローストビーフの作り方と異なる点かと思います。
にもかかわらず、これについて動画内で何も語りませんでした。???となった方々、申し訳ありません。

また、この方法はエビデンスありきで採用したのではありません。
低温調理機メーカーのBONIQが塩を投入するタイミングでローストビーフにどのような違いが出るか、という実験を行っており、その中で最も美味しいとされていた「低温調理後に塩を振る」という方法を今回は採用しました。(実験記事のリンクは参考文献に載せています。)

なぜこの方法で美味しく作れるのかは、僕も正しく理解できているわけではありません。以下の記述は多分に推測を含みます。

塩を先に振る場合、後に振る場合それぞれでメリットとデメリットがあり、未だに意見が大きく分かれている、というのは前回の記事でもお話ししました。
この方法では、どうやらそれぞれのメリットを良いとこどりしているようです。
塩を先に振るメリットの一つは、肉に十分塩を浸透させ、全体に味を付けることができる点でした。加熱後に塩を加える低温調理ローストビーフでも塩味が染みていることは、実際に作って食べた僕も感じましたし、前述のBONIQによる実験結果でも言及されています。
一方で、塩を振ってから加熱すると、肉が硬くなってしまうことがあります。
これはたんぱく質の熱凝固を促進する効果が塩にあるためと考えられます。
加熱後に塩を振ることで、肉が硬くなることを防ぐことができたのではないでしょうか。
(参考文献にある卵の会社のホームページでは、塩によって卵のたんぱく質の凝固が促進されるメカニズムが解説されています。牛肉のたんぱく質でも同様の現象が起きるかは、調べてみましたが分かりませんでした…)

スキレットで肉を焼く

低温調理によって殺菌を目的とした加熱は完了しているので、焼かなくても食べようと思えば食べられます。
しかし焼き目の香ばしい匂いと味がなければ、ただ柔らかいだけの単調な味気ない肉の塊になってしまうでしょう。
そもそも低温調理だけだと"ロースト"ビーフになりませんものね。
(ちなみに焼き目の香りと味は「メイラード反応」によるものですが、ここでその解説をしているとただでさえ長い記事がさらに冗長になるので、それはまたの機会に…)

ここでお肉をただ焼いてしまっては、中も加熱され折角低温調理をしてきた意味がなくなってしまいます。
表面だけに焼き目を付けるために、できるだけ高温で、また短時間で焼き付けたいわけです。

そこでうってつけなのが鋳鉄製の鍋、スキレットです。
高温で焼くためにはまず空焚きをして鍋の温度を上げてから肉を入れる必要があります。
ただ家庭で一般的に使われるフライパンには大抵テフロン加工が施されており、空焚きすると耐久性を落とすことになりかねません。
スキレットならそういったことを気にせず、煙が立つくらいの熱々の状態まで火にかけても問題ありません。
またIHの記事でも書いたように、鉄は熱しにくく冷めにくい(熱伝導性が低い)金属でもあります。
そのため肉を入れたときにも温度が下がりにくく、短時間で焼き付けるのにも向いていると考えられます。

もちろん、スキレットをお持ちでない方は、普通のフライパンで焼き付けても十分美味しいローストビーフになりますよ。

最後に

本当に長い記事になってしまいました…
日常の料理においては、ひとつひとつの工程に対しここまで考えこむことは中々できないでしょう。
ただし、理論を一つ理解すれば、今後の生活においてずっと役に立つようになります。
まずは浸透圧のような簡単な現象からでも良いので、日々の料理に実践できるようになれば、暮らしはどんどん豊かになっていくのではないかなと思います。

また、いくら美味しい料理ができたところで、それが原因で食中毒になってしまっては目も当てられません。
今回は厚生労働省の資料を引用するなど、いつも以上に情報の正確性に気を遣ってはいますが、食品衛生学については素人であるため、この記事の内容が間違っているかもしれません。(もし間違いを見つけられた方は指摘していただけると大変ありがたいです。)
また厚生労働省などによる安全基準が変更される可能性もあります。
低温調理は食中毒のリスクが比較的高いものです。実際に低温調理を試される際は必ず使用される器具の説明書を読み、食材にも細心の注意を払っていただくようにしてください。

参考文献

厚生労働省
「食品、添加物等の規格基準」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=78334000&dataType=0&pageNo=1
「食肉の安全に関するQ&A」(https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000365043.pdf
「生食用食肉(牛肉)の規格基準設定に関するQ&A」
https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/dl/110928_01.pdf

BONIQ
「57℃ ローストビーフ低温調理 塩投入比較」
https://boniq.jp/recipe/%E7%89%9B%E3%82%82%E3%82%82%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%95%E3%81%AE%E4%BD%8E%E6%B8%A9%E8%AA%BF%E7%90%86-%E5%A1%A9%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0/

株式会社フカベエッグ
「よくあるご質問/ゆでたまごについて」
https://www.fukabe-egg.jp/qa/qa02.html

「浸透圧でもっと美味しく」の補足その1 ~"料理のコツ”に潜む嘘と誤り~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は「3種の野菜の常備菜~浸透圧でもっと美味しく~」の動画の内容を補足するものとなっています。
動画をご覧になってない方は、先にこちらをご覧ください。


【料理 × 科学】3種の野菜の常備菜~浸透圧でもっと美味しく~【かぶ/ほうれん草/しいたけ】

さて、今回は強気なタイトルを付けてみました。

延々と続いている料理の歴史、その中で生まれた”料理のコツ”と呼ばれるものには、科学的根拠を伴わずに昔から伝えられてきたものが多々あり、それらは正しかったり正しくなかったりします。

近代になって科学が発展すると、調理科学や栄養学といった料理を対象とする学問も生まれ、料理のコツの科学的妥当性が検証されるようになりました。
その結果は論文や本といった形でまとめられ、それらにはある程度の信用性があるでしょう。
ただし科学の世界では、以前まで正しいと思われていたことが、後の検証によって間違いであったとわかることもよくある話です。

また現代では、ネットによってさまざまな情報を気軽に手にいられるようになりました。
しかしネットで手に入る情報が玉石混交であるということは、わざわざここで詳しく述べる必要はないでしょう。

一つ申し添えておくならば、ネットにはプロのシェフによる記事もたくさんあり、彼らの確かな経験によって書かれたそれらは、美味しい料理を作る技術としてはある程度妥当性があると思われます。ただそこに付記されたエビデンスの中には、科学的には正しいと言えないものも見受けられてしまうのです。

そういった間違いを正しいと信じられるのは望ましいことではありません。
この記事では、それらの中でも特に動画で扱った野菜や浸透圧に関するものについて、できる限り正確な情報を伝えていきたいと思います。

なお、記事のタイトルに「嘘と誤り」と付けたのは、これらの間に明確な差はないと考えているからです。
間違った情報の発信が善意によるものか悪意あるものかは判断がつきませんので。
記事のスタンスとしてもあくまで間違った情報を正すことが目的であり、「このサイトは悪質だ!」と指摘したいわけではありません。
そのため以下で紹介する情報の出典については、この記事では明らかにしません。
ただ、それらは重箱の隅をつついて出てきたものではないことは言い添えておきます。
どれも検索エンジンで関連するワードを入れたら上位にヒットするサイトや、調理学の入門書として有名な本から見つけたものであるため、多くの人が目にしたことがある内容なのではないかと思います。

前置きが長くなってしまいました。それでは本文です。

 

しいたけを戻す際に砂糖を入れる理由

動画内では、「砂糖をぬるま湯に入れることで浸透圧を小さくし、しいたけの戻りすぎを防ぐため」と説明しました。

これ以外によく聞かれる理由は、「砂糖をぬるま湯に入れることで浸透圧を小さくし、しいたけのうまみ成分(アミノ酸)の溶け出しすぎを防ぐため」というものです。

ここで浸透圧の定義を一度思い出してみましょう。

浸透圧とは簡単に言えば、「濃度の低い溶液から高い溶液へ、半透膜を介して溶媒が移動する圧力」のことでしたね。
溶質であるアミノ酸の移動について浸透圧で説明するのは、定義の点で間違いと言えます。
しいたけの例以外にも、溶質の移動に関する話であるのに浸透圧の一言で説明を終えているものは度々見かけられます。

ただこれだけでは言葉の使い方の間違いを指摘しているに過ぎません。気になるのは砂糖の有無によってアミノ酸の移動がどうなるかでしょう。
砂糖によってアミノ酸の溶出が抑えられるかについては、峰岡ら(2007)の研究に詳しくあります。
これによると、真水と1%砂糖水とでは、溶出したアミノ酸に有意な差は見られなかったようです。
つまり砂糖の有無はアミノ酸の溶解の程度と無関係であるということですね。
とはいえ同研究においても、しいたけの食味や噛み応えに対し、砂糖を入れた水で戻した方が良好であったと結論付けています。

ところで、しいたけを砂糖水で戻すこと、及び浸透圧という言葉の意味について触れたので、ここで動画内の解説の補足を。
動画内では干ししいたけを砂糖水に浸すと「しいたけから砂糖水の方向に浸透圧が働く」と説明しましたが、厳密に言えばこれは正確ではありません。
浸透圧とは二溶液間に働く力の差と定義されることが多く、さすればすなわち浸透圧は濃度の高い溶液から低い溶液という方向にのみ働く力だと言えるからです。
動画内の解説ではわかりやすさを重視してこのような説明を行いましたが、混乱してしまった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。

青菜を茹でる際に塩を入れる理由

ほうれん草などの青菜を茹でる際に、お湯に塩を入れる方は多いと思います。(動画でも入れていましたね)
ではこの塩には、どのような役割があるのでしょうか?

良く見られるのは、「沸点上昇により高い温度で茹でるため」というものです。
なぜ高い温度で茹でると良いのかは置いておくとして、野菜を茹でるときにいれる塩でどれだけ温度が上がるかを、高校化学で習う知識を使って考えてみましょう。

簡単のために1%の食塩が入ったお湯1kgを例にとります。以下で用いる定数も計算を簡単にするためにかなりざっくり見積もっています。

沸点上昇度⊿Tbは溶媒に固有のモル沸点上昇度Kbと溶質の質量モル濃度mを掛け合わせたものになります。(モルとは簡単に言えば分子の数の単位、質量モル濃度は溶媒1kgあたりどれだけの数の分子が溶けているかで考えた濃度です。)
水の沸点上昇度をKb=0.5[K・kg/mol]としましょう。(Kは絶対温度の単位で、温度が1K上がることと1℃上がることは同じ意味です。)
食塩のモル質量はおよそ60[g/mol]ですから、1%の食塩水のモル濃度は
m=(10/60)×2≒0.33[mol/kg]です。(2をかけているのは水に溶けると塩化ナトリウムが電離しモル濃度が二倍になるため)
よって1%の食塩で上昇する沸点は⊿Tb=Kb×m=0.5×0.33=0.17[K]となり、ほとんど変わらないことがわかります。

逆に沸点を1℃上げるためには約6%の食塩が必要ということです。ちなみに6%の食塩水は相当しょっぱいです。
ここまでしてようやく1℃上がるだけなわけですから、青菜を茹でる際に加える食塩による沸点上昇の効果はほとんど無視できると考えられます。
塩による沸点上昇よりも、野菜を入れたときに下がる温度の方が大きいでしょうから。

ちなみに、「沸点上昇を起こすために食塩はお湯が沸いてから入れましょう」と書かれた記事もありました。
前述の通り、沸点上昇度は溶媒の種類と溶質のモル濃度にのみ依存するので、食塩をいつ入れても沸点上昇度は変わりません。
(先に食塩を入れると溶け残って濃度が低くなるというのはあるかもしれませんが…)

それでは、なぜ食塩を入れるのかという話になります。
他にもいくつか説がありますが、「野菜の色を保つため」という理由は定量的な計測を伴う研究がなされており、説得力があるのではないかと感じました。ただしこれも部分的な効果ではあります。
以下の記述は主に山崎(1954)によります。

植物の緑色は、クロロフィルという色素に由来します。
野菜を長時間加熱すると、このクロロフィル内のマグネシウムが外れ褐色のフェオフィチンという物質に変化します。
このときナトリウムイオンが存在すると、これがマグネシウムと置換され安定した形になるため、変色を抑えられると考えられています。ただしこの作用は限定的であるともされています。
またクロロフィルがフェオフィチンに変化する反応は酵素によるものであるため、高温下ではこの反応は抑制されます。
ぐつぐつ沸騰したお湯で葉物を茹でるのはこのためです。

実際にどれくらい色が変わるのかという点を、この研究では定量的に調べています。
この実験で使用されたのは小松菜ですが、99℃±1℃で加熱した際の緑色度の変化について、水と1%食塩水では差は見られない一方で、2%食塩水では3分以上加熱した際の脱色の程度に顕著な差が見られるという結果が出ています。

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各溶液中にて加熟した場合の緑色度の変化(生葉の緑色度を100とする)(山崎(1954)より引用、一部表記改変)

この結果によれば、1%程度の食塩で茹でるならば、また短時間の加熱ならば、ほとんど茹でた後の色に違いがないことがわかります。
実験に用いられた小松菜であればまだしも、ほうれん草は1分も茹でれば十分なので、塩による色を保つ効果はほとんど期待できないと考えられます。
また、動画内で作った黒ごま和えなどの料理では、野菜の色の変化がほとんど気にならないため、塩を入れる意味はより薄くなると言えるでしょう。

…僕は次からほうれん草を茹でる際に塩を入れないようになると思います…

肉を焼く際に塩を振るタイミング

塩を用いて浸透圧を生じさせる技法は、野菜料理だけでなく肉や魚を調理する際にも使われます。
特にステーキのような調理行程がシンプルな料理では、いつ塩を振るかというタイミング一つで最終的な味が大きく変わることもあります。

このステーキにおいて肉に塩を振るタイミングが、焼く直前が良いのか、それとも塩を振ってしばらく置いてから焼くのがいいのか、これはかなり意見が分かれるところです。
僕なりに総括すると、どちらにもメリット・デメリットがあり、使う素材や、あるいは焼き方によって適した方を選ぶのがよいのではないかと思います。

直前に塩を振るメリット
・・・肉から水分が出ないため、肉に負担をかけず、素材の味を楽しめる。

塩を振ってから時間を置くメリット
・・・肉に塩が浸透し、しっかり味が付く。

また、それぞれのメリットは互いのデメリットの裏返しでもあります。

ここまでは良いです。僕が気になったのは、焼く直前に塩を振るデメリットとして挙げられていた「塩はすぐ焦げるから」という記述です。

結論から言えば塩は焦げません
焦げとは食品に含まれる有機物が炭化したものです。
塩は塩化ナトリウムから構成される無機物ですから、どれだけ加熱しても焦げることはないのです。
もし焦げるとしたら、塩と一緒に振ったコショウか、あるいは使っている塩に含まれる(塩化ナトリウム以外のという意味での)不純物だと考えられます。
(塩に有機物の不純物が焦げるほど含まれるのかは何とも言えませんが…)

最後に大事なことを

ここまで偉そうに間違いを指摘してきましたが、実は僕は調理科学や栄養学を体系的に学んだわけではありません。
この記事の内容が間違っている可能性も十分にあると思います。
(もし間違いを見つけられた方は、遠慮なく指摘していただけると大変ありがたいです)

この記事を通して伝えたいのは、上記の情報は間違いだ!ということではありません。簡単にたくさんの情報が手に入ってしまう今だからこそ、それらをすぐに真に受けることのないようにしてほしい、ということです。

何かに対して「なぜだろう?」と感じたとき、その疑問を放置せず、ネットでも何でも調べるのは素晴らしいことだと思います。
ただそこで手に入れた情報をそのまま受け入れるのではなく、「なぜ?」をもっと追求してほしいのです。
そうすれば、そこに潜む嘘や誤りにもきっと気が付きやすくなります。

また、「なぜ?」を追求するということは、原理を理解するということです。
原理を理解すれば、実践に応用ができるようになります。
例えば今回、青菜を茹でる際に塩を入れるのはきれいな色を保つためだと僕は理解しました。
そうすれば、次にほうれん草の黒ごま和えを作るときはゆで汁に塩を入れる必要はないか、という判断ができるようになるのです。
また、こんなこと意味あるのかなと感じられた学校で習った知識も、例えば沸点上昇度の計算は料理に活用できるという実例を紹介できたかと思います。

科学を知れば、いつもの料理がもっと美味しくなる。
料理をすれば、科学の勉強が身近に楽しく感じられる。
料理と科学にお互いの魅力を引き立てあってほしい。

これからも、Kitchen Scienceは皆さんの暮らしと学びをより充実したものにするべく、動画や記事での発信を続けてまいります。
それでは、また次回。

参考文献

杉田浩一『新装版 コツの科学 調理の疑問に答える』(柴田書店)2006

峰岡 恭子, 海老塚 広子, 有田 政信, 長尾 慶子「干し椎茸の戻し条件と調理性の比較」(一般社団法人日本家政学会研究発表)2007
山崎 清子「緑色野莱の調理による色の変化 (第1報) 主としてクロロフイールについて」(家政学雑誌)1954

 

「蒸しパンはどうして膨らむの?」の補足その1 ~アレンジ蒸しパンのレシピいろいろ~

こんにちは、ほりけんです。

この記事は「蒸しパンはどうして膨らむの?~ベーキングパウダーの科学~」の動画の内容を補足するものとなっています。
動画をご覧になっていない方は、先にこちらの動画を視聴されることをお勧めします。


【謎の白い粉】蒸しパンはどうして膨らむの?~ベーキングパウダーの科学~【料理 × 科学】

前置きとして、今回の記事は科学要素ほとんどありません。
膨らむ科学の補足については、パンを焼くときにでもまた詳しく書くつもりです。

さて、動画内でもお話ししましたが、棚や冷蔵庫の中に眠っているものを蒸しパンの基本の生地に混ぜるだけで、あなただけの色々なアレンジ蒸しパンが楽しめます。
この記事ではひたすら、僕が思いついて試した蒸しパンのアレンジレシピを投下していきます。

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動画内で作ったものと同じく、プラスアルファで加えた材料は目分量で適当に加えてます。多分もっと適した分量があると思いますが、これでも十分美味しかったです。
失敗を恐れず、チャレンジあるのみですね。
大丈夫、美味しくないものができることはまずない…はず。

基本の生地のおさらい

材料は以下の通り。これで大体4個~5個の分量です。

・薄力粉       100g
・砂糖        10g
・塩         ひとつまみ
・ベーキングパウダー 小さじ2
・水         100ml

以下のアレンジは、この配分をもとにしています。
それでは、アレンジレシピをどうぞ!

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1.みりんレーズン蒸しパン(画像右)

レシピ:レーズンをみりんに漬け込んだもの(必ず本みりんを使うこと。みりん風調味料はNG!)をみりんごと生地に入れて混ぜる。

みりんと言えば煮物ぐらいにしか使わない方も多いかとは思いますが。実は製菓材料としても優れもの。
一口食べると、レーズンのジューシーな甘みとみりんの芳醇な香りが広がります。
みりんの魅力についてはいずれ熱く語る予定ですので、乞うご期待。

2.黒ごま蒸しパン(画像左)

レシピ:黒すりごまとごま油を生地に入れて混ぜる。

ごまもまた、香りが魅力の食材。ごま油を加えることでごまの風味をマシマシにしています。

蒸すという調理は香りを損ねにくいという特徴があるので、蒸しパンはこういった食材との相性が良いのですね。

今回は黒ごまを使ったためインパクトある見た目になりましたが、逆に白ごまを使い、一見普通なのに一口食べるとごまの香りにびっくり!なんてのも面白いかもしれませんね。

3.チーズ蒸しパン

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レシピ:好きなチーズを基本の生地にちぎって入れる。

画像のものはとろけるタイプのスライスチーズをちぎって入れました。
チェダ―チーズなど色の濃いものを使えば見た目にも楽しいでしょうし、カマンベールなんかをがっつり入れておかず系蒸しパンにしてもいいでしょう。

洋食メニューの付け合わせにもどうぞ。

4.コーヒー蒸しパン

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レシピ:インスタントコーヒーを少量のお湯で溶いたものを加える。基本の生地の砂糖を40gに増やす。

コーヒーの苦みが大人の味。基本のレシピの分量のままだとちょっと苦すぎるかなと感じたので、砂糖は多めに。

5.いちご蒸しパン

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レシピ:基本の生地にいちごジャムを混ぜる。

おやつにピッタリな、かわいいピンク色の蒸しパン。
いちご以外に他の果物のジャムで作っても、またジャムを練りこまずに生地の中にいれてジャムパンっぽくしても美味しいと思います。

6.カレー蒸しパン

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レシピ:基本の生地にカレー粉・コンソメ顆粒を混ぜる

どんなものとも合って大抵おいしくなるからカレー味ってすごいですよね。
ミックスベジタブルや切ったハムなどを加えるとよりボリューミーになります。(写真のものはフライドオニオンを加えています)
また残り物のカレーを混ぜ込まずに生地の中に入れれば、カレーパン風蒸しパンのできあがりです。

アレンジする際のポイント

材料を見ればお分かりの通り、基本の生地はかなりシンプルな味付けになっています。
その分何にでも合わせやすいのですが、例えば苦いコーヒーを入れる際は砂糖を多めにするなど、混ぜるものに合わせて多少調整が必要になります。

蒸すという加熱方法は、温度が100度で一定に保たれるのが特徴です。
さらに生地の内部はそこまで温度が高くなることはないので、ごま油など加熱によって香りが飛んでしまう食材の風味を保つこともできます。

一方で、内部に熱が通りにくいということは、生肉など加熱が必要な食材を入れるには向いていないということでもあります。
肉まん風蒸しパンを作る際は、先にしっかり火を通したものを使いましょう。

ここで紹介したアレンジはほんの一例です。あなただけの蒸しパンを見つけてみてくださいね。
それでは、良き蒸しパンライフを!

「IHの仕組み」の補足その1 ~IHヒーターで美味しく料理するコツ~

こんにちは、ほりけんです。
この記事は「IHの仕組み ~電磁誘導のお話~」の動画の補足となります。本記事の前に、当該動画をご覧になることをおすすめします。


【今さら聞けない】中学校理科で理解する「IHの仕組み」~電磁誘導のお話~【料理 × 科学】

 

結論

結論から言います。この記事で紹介するIHヒーターで美味しく料理するコツとは、

・良いIHヒーターを使うこと

・良いIHヒーター対応鍋を使うこと

この二つです。身も蓋もない話ですが、なぜこうなるのかという理由について、丁寧に解説するつもりです。
またご家庭にあるIHヒーターや調理器具を使って、より美味しく料理するためにはどうすればいいかもできる限り合わせて書いていこうと思います。
しかしながら突き詰めれば、この二つに帰着してしまうのです。

なお、この記事はあくまで「どうすればIHで美味しく料理ができるか」という趣旨で書いています。IHとガスコンロのどちらが優れているか、という論点については触れていません。ご了承ください。

良いIHヒーターとは

本題に入る前に、動画でも説明しましたがIHヒーターの原理をおさらいしましょう。
IHヒーターに組み込まれたコイルに電流が流れると、電磁誘導が起こって接している鍋にも電流が流れます。その際生じる抵抗によって熱が発生し、鍋が温まるのでしたね。

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「鍋が直接温まる」というのがIHの特徴です。空気中に熱が放出されないため、IHのエネルギーの熱への変換効率はガスコンロと比べて非常に良いのです。
(ガスコンロの熱効率が60%以下であるのに対し、IHは約90%とされています。ただし熱効率が良いということは必ずしも省エネであるとは限りません。詳しくは参考文献の「IHの知られざるヒミツ」(浜田ガス株式会社)をご覧ください。ガス会社の広告なので、当然ガスコンロを全力でおすすめする内容になっていますが…)

一方で、IHヒーターへの不満点としてよく聞かれるのが、「火力が弱い」というものです。これは僕も経験があります。
熱効率に優れるIHヒーターで、なぜ火力を不満に思うのか。
この原因が使っている鍋にあることもありますが、それについては後ほど詳しく述べるとして、そうでないなら「IHの出力が弱いから」だと考えられます。
現在主流のIHヒーターは200Vの電源を利用するもので、これなら火力に不満を持つことはまずないと思います。
一方、古いキッチンに備え付けられていたものや、卓上タイプのものでは、電源が100Vのヒーターもまだまだあるようです。
この場合は、ガスコンロに比べて火力が弱い、と感じることも多いのだと考えられます。

すなわち良いIHヒーターとは、出力の強いIHヒーターということです。
…身も蓋もないですね。

良いIHヒーター対応鍋とは

良いIHヒーターがどんなものかわかったところで、今から引っ越したりリフォームをしたりというような方以外には、ヒーターの交換はなかなか現実的ではないでしょう。

次に取り上げるのがIHヒーター対応鍋です。

IHの仕組みをもう一度思い出してください。IHで鍋が温まるのは、鍋に電流が流れ、抵抗が生じるからでしたね。
よって土鍋のような絶縁体(電気を通さない物質)でできているものは勿論、電気を通しすぎる(電気伝導率が高すぎる)アルミなどの素材でできた鍋もIHヒーターには向きません。(アルミ鍋に対応したIHも最近は登場しているようです)
ここまではIHヒーターの説明書にも載っていることですし、IHを使う方ならご存知かと思います。

ではIH対応の鍋ならどれも同じかと言えば、そういうわけでもありません。

話は逸れますが、加熱ムラが大きい、というのはよく聞くIHの難点の一つです。
これはガスコンロでは火が鍋全体を包むように温めるのに対し、IHヒーターは電磁誘導によって電流が流れる部分、すなわちIHヒーターに接している底面(しかもその一部)しか発熱せず、そこから徐々に広まるようにして温まるという熱の伝わり方の差に起因します。
IHの原理で説明した通り、IHによって加熱されるためには電気抵抗が生じる必要があります。
また経験則として、金属の電気伝導率と熱伝導率の大きさはほぼ比例することが知られています。(ウィーデマン・フランツ則)
すなわち電気が流れにくいIH対応鍋は、熱が伝わりにくいものが多いということです。
早く温めようとしてIHヒーターの火力を上げても、コイルに接する部分が熱くなるだけで、他の部分にはなかなか熱が伝わりません。加熱ムラが大きいと感じる裏にはこういった理屈もあるのです。

ようやくここでどういった鍋がIHでの調理に向いているかという話になります。これまでの話を統合すると、「電気伝導率が低く、熱伝導率は高い」という相反する二つの性質を持ち合わせる鍋が良いIHヒーター対応鍋ということになります。
この無理難題を解決するため、IHヒーター対応鍋では複数の金属を特殊な構造で組み合わせるなどの工夫がされています。
またその構造を底面だけでなく鍋全体に施すことで、加熱ムラを極力減らすことにも繋がっています。

まとめると、IHで美味しく料理する手っ取り早い方法とは、低い電気伝導性と高い熱伝導性を兼ね備える構造が全体に用いられている鍋を使うことです。

具体的にどのメーカーのどの鍋がよいか、という話はこの記事ではしません。実際に使ってみた感想をまとめたサイトがたくさんありますので、そちらを参考にしていただけたらと思います。

ベストが無理ならベターを目指す

良いIHヒーターと鍋が必要なのは分かった。しかし手元には火力の弱いIHヒーターと普通の金属製の鍋しかない。それでも美味しいものは食べたい。そのような場合にどうするか。
何も考えずに料理するのではなく、IHの原理を思い出せば、改善するべきことが自ずと見つかるはずです。

1.弱火で時間をかけて温める

前述した通り、早く温めたいからと言って火力を上げすぎるのはIHでは逆効果な場合があります。
コイルに接する部分から鍋全体に熱を伝えるためには時間がかかります。調理しはじめは弱火にし、 鍋の側面も温まるまでじっくり待つ必要があります。急がば回れ、です。

2.鍋をなるべく動かさない

ガスコンロからIHに乗り換えた後も、調理中に鍋を動かす癖が残っている方がいるかもしれません。(そもそも家庭用のガスコンロ程度の火力なら煽り炒めはあまり効率が良くないという話もありますが)
電磁誘導は距離を離すと極端に働く力が弱くなります。火力を維持したいなら、鍋を動かさずに、ヒーターに接した状態を保つことが必要です。

3.鍋を傷つけない

これも理屈は前項と同じです。鍋が傷ついたり、底面がデコボコしてしまったりすると、ヒーターとの接地面が減り、加熱効率が悪くなってしまいます。
道具を大切に扱う、というのは至極当然な話ではありますが、こういった理屈に基づくものでもあるのです。

とはいえ

いくつかIH調理におけるコツをご紹介しましたが、残念ながらIHヒーターや鍋の性能をカバーしきれるものではありません。
美味しいものを食べたいならば、良いIHヒーター、良いIHヒーター対応鍋への交換をご検討ください。

重ねてにはなりますが、別にIHがガスコンロより優れている、といったことを言いたいわけではありません。それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらを選ぶかはその人その時の状況次第なのだと思います。
ちなみにここまで長く書いておきながら、僕はガスコンロ派です。

参考文献

浜田ガス株式会社「がすほっと」2010年21巻

http://www.hamadagas.co.jp/pdf/gashot1001-21.pdf

「もやしソムタムと種子の発芽」の補足その1 〜私たちは植物のどこを食べているか?〜

こんにちは、ほりけんです。
普段は料理担当ですが、今回は僕が科学編の補足を行います。
(もとやすが応用化学を専攻していたのに対し、僕は農業経済学出身ということで、生物・社会科学系の解説は今後もほりけんが担当することが多くなると思います。)

この記事は、「【料理 × 科学】もやしソムタムと植物の発芽~種子が発芽する条件~」の動画の内容を補足するものです。動画を未視聴の方は、先にこちらをご覧になることをお勧めします。


【料理 × 科学】もやしソムタムと植物の発芽~種子が発芽する条件~

 

スプラウト

動画内で、もやしやブロッコリーの新芽のような芽を食べる野菜をスプラウトと呼ぶと紹介しました。
種子には植物が発芽させるために必要なエネルギーがたくさん詰まっています。発芽に当たり、これらが代謝によってさまざまな成分に変わるため、スプラウトには他の野菜にはない多様な栄養が含まれるのです。

細身な子どものことをマイナスなイメージを伴って「もやしっ子」と呼ぶことがありますが、そのような表現は栄養たっぷりなもやしに失礼です。(そもそももやしっ子と呼ぶこと自体が失礼ですが…)
もやしを漢字で書くと「萌やし」、もやしを食べるということは、芽吹いた命をいただくということなのですね。

スプラウトは光を当てずに育てる「もやしタイプ」と、光を当てて緑色にする「かいわれタイプ」に大別できます。
もやしタイプのスプラウトは、光を当てないため緑化せず、いわゆる野菜の青臭さもない淡泊な味になります。
また葉が付かずに茎が生長し続けるため、かいわれタイプに比べ太くなり、食べ応えがあります。

正確に言えば、もやしの食べている部分は将来茎になる「胚軸」という部分です。もやしの他に胚軸を食べる野菜として、意外なところではカブが挙げられます。
普段食べる白く太くなった部分は発芽の際に生じた胚軸が肥大したものであり、根よりも茎に近い役割をもつ部分なのです。(太い部分の下についている細長いものがカブの根です。 )

「芋」という不思議な分類

動画の最後に取り上げた、ジャガイモやサツマイモ、ブロッコリーがどこの部位か、この記事で解説していきます。

まずは芋類について。

ジャガイモの普段食べている部位は土の中にありますが、これは根ではなく塊になった茎(塊茎)である、ということは、よく知られていることかと思います。
ちなみにサトイモも塊茎を食べる植物です。
一方、サツマイモに関しては、普段食べている部位は根(塊根)です。
もっとも、この違いを料理の際に意識することはあまりないでしょうが…

ジャガイモの緑色になった部分や生えてきた芽には、ソラニンという有害な物質が含まれています。そのためこれらは必ず取り除かなければいけません。
一方サツマイモやサトイモにはソラニンは含まれません。サツマイモに生えてしまった芽や、サトイモの緑色に変色した部分については食べることができます。
この違いは植物の種(しゅ)としての分類によります。ソラニンはジャガイモが属するナス科に特有な成分です。
一方でサツマイモはヒルガオ科、サトイモサトイモ科です。またジャガイモの塊茎がソラニンを含むように、サトイモの塊茎にも有害物質であるシュウ酸(前回の記事にも登場しましたね)が含まれます。これらは栄養を多く含む根茎が外敵に食べられないようにするため、と考えられています。

芋として括られるジャガイモとサツマイモでは、植物としての部位も分類も異なるということです。生物学的には豚ロースと牛カルビぐらい違うといっても過言ではない…?
(含まれる成分や生長における役割は似通っているため流石に極端なたとえですが)

こう考えると、「芋」という分類はなんとも不思議ですね。

花を食べる野菜

見出しで答えを出しましたが、ブロッコリーは花(と茎)を食べる野菜です。正確に言えば普段食べているのは開花する前のつぼみで、古いブロッコリーではここから黄色い花が咲いていることがあります。
花が咲いても食べられなくなるわけではないですが、花の食感がよくなかったり茎が筋っぽくなったりするので、できるだけ黄色くなる前に食べるほうが良いでしょう。
ちなみに紫色っぽくなったブロッコリーもたまに見られます。これは花ではなくポリフェノールであるアントシアニンが集まったものです。古くなっているわけでもなく、むしろ美味しいブロッコリーである証拠と言われてるので、スーパーで見つけたら優先して手に取るといいでしょう。

ブロッコリーの他に花を食べる野菜として、カリフラワーやミョウガが挙げられます。
また普段他の部位を食べる野菜の花の中にも食べられるものがあり、例えば長ネギの花は「ネギ坊主」と呼ばれる食材です。
旬が終わるちょうど今頃、長ネギを買うとたまについてくることがあります。
他の部分と一緒に炒め物や煮物にしてもよいですが、天ぷらにすると独特の食感が楽しめておすすめです。

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この記事を書いている日に買った長ネギにもネギ坊主が付いていました

さて、この記事では普段食べている野菜が植物のどこか、ということを中心にまとめてきました。
もやしやジャガイモといった普段食べなれた野菜についてでも、知らなかったことが結構あったのではないでしょうか。
(恥ずかしながら、この記事を書くまでは僕もカブは根を食べているものだと思っていました…)

自分が食べているもののことをより知れば、普段の食事はより豊かなものになると考えています。
皆さんが食に対してより興味を持っていただけるよう、Kitchen Scienceでは今後も面白い動画やためになる記事を発信してまいります。
ぜひ他の動画や記事もチェックしてみてくださいね!

参考文献

かぎけんWEB「カブ(蕪)」

https://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/yasai-kabu_large.html

農林水産省ソラニンやチャコニンとは」

https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/solanine/solanine/solanine.html

NHKテキストView「紫色になったブロッコリーは食べられるの?」

http://textview.jp/post/hobby/23750

 

 

「筍ごはんと中和反応~アク抜きの科学~」の補足その2 ~シュウ酸の利用~

こんにちは、Kitchen Science解説担当、もとやすです。

 

この記事は、「筍ごはんと中和反応~アク抜きの科学~」の動画の内容を補足するものです。動画を未視聴の方は、先にこちらをご覧になることをお勧めします。

 


【料理 × 科学】筍ごはんと中和反応~アク抜きの科学~(筍ごはんの作り方)

 

さて、動画でも紹介していますが、筍に含まれるえぐみ成分のひとつに「シュウ酸」があります。シュウ酸は2つのカルボキシル基をもつ有機酸で、「2価の酸」としてはたらきます(図. シュウ酸の反応(左))。動画内では米ぬかに含まれるカルシウムイオンと中和反応することでアク抜きができることを説明しました。

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図. シュウ酸の反応

さて、実はシュウ酸は「還元剤」としてもはたらきます。

シュウ酸は図. の右に示すように、酸化剤と反応すると酸性溶液中で電子を放出して二酸化炭素へと変化します(シュウ酸と二酸化炭素における炭素の酸化数を比較すると+IIIから+IVへと増加し自身は酸化されていることが分かります)。

 

このようにシュウ酸は「酸」としても「還元剤」としてもはたらき、また潮解性もなく空気中で化学的に安定であるため、中和滴定や酸化還元滴定の標準物質として利用されることが多いです。

 

今回は筍に含まれる「シュウ酸」の化学的性質に焦点をあててみました。

これからもキッチンとサイエンスを繋ぐお話をしていこうと思います。